森鴎外『ヰタ・セクスアリス』を再読したりしている
乱歩の再読を話題にしたが、再読といえば、最近、ある本屋に入ったが特に買いたいものもないので、あまり厚くない新潮文庫の森鴎外『ヰタ・セクスアリス』を買った。26、7の頃、読んだ本の再読である。再読なのだが、読んだ内容を全然覚えていない。ただ印象に残ったのは、明治時代というと、幕末から明治初期の文明開化の頃、また明治末期の日露戦争の頃、夏目漱石が小説を書き始めた後の頃の、いろいろと歴史上の有名な事件や著名な人物が印象に強かったのだが、鴎外の自伝的な要素もある、この小説、時代は幕末から明治前半なのだが、派手な事件などまったく無縁で、仕えている殿様が殿様でなくなってはいるのだが、やはり江戸時代とあまり変わらないように仕えている家族やその子供たちの学生としての生活があるのだなと、それまで意識しなかった社会の空白のようなものに触れた感覚があった。
買ってきて読み始めたが、冒頭、夏目漱石が『我輩は猫である』を書き始めたことに触れていて、さっそく「我輩も猫である」とか「我輩は犬である」というのがいろいろと出てきて、いやになったと書いてあるのに笑った。
今、鴎外がオナニーしたところまで読んだ。「オナニー」とは言ってないがね。「自慰」とも「自涜」とも、つまり具体的な名称は上げてないのだが、西欧でその頃、すでに最近の性教育の原型みたいな主張があって、それを取り上げて、自分が書くとしたら、どのようなものになるか、息子が読んでもいいような内容のものということで書き始めた、この文章、書かずばなるまいと書いているのだが、結果は、そういう行為があると聞いてやってみたが、頭痛がして気分が悪くなるだけだった、こういうことは自発的にやるのでなくてはだめなのだろうと書いてある。それだけかよ! ……まあ、あるんだろうね。誰もがサルのようにオナってるってわけでもないのだ。オナニーしても夢精は経験ないという人もいるし、その逆に近いような人もいるのだろう。性的な事柄については個人差も大きいということですな。そういう淡泊な少年もラブコメマンガなんか読んで胸はときめかいしたりもするかも知れぬが、鴎外は貸本で為永春水とかの人情本を読んで、こういうのは醜男の自分には無縁な世界らしいと感じてたらしい。
その前のくだり、今の中学生あたりの歳になって寄宿制の学校に入ると、美少年でもないのに上級生に狙われたらしい。軟派と硬派、硬派というの、はつっぱって喧嘩ばかりするグループのことだろうと思いきや、ここで言う硬派は美少年を狙う連中のことだった。九州出身者は硬派が多かったという。乱歩の少年愛というのは、プラトニックなものを志向したようだが、ここでの硬派は露骨である。
