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感想文:『半七捕物帳(一)』岡本綺堂

2015/09/15 『半七捕物帳(一)』岡本綺堂(光文社、光文社文庫 2001.11.20)

この夏は光文社文庫の『半七捕物帳(一)』を夢中で読んだ。若い頃は、いや最近まで捕物帳の小説を夢中で読むことになるとは思わなかった。子どもの頃は銭形平次をはじめ、テレビドラマの時代劇では捕物帳のドラマが大流行で、とても通俗なもので年寄りの喜ぶような古臭い時代劇、というイメージが強かったのが、まず敬遠する理由になった。創元推理文庫の日本探偵小説全集が刊行されるようになって、本格推理小説としてよく出来た坂口安吾の安吾捕物帖と久生十蘭の顎十郎捕物帳を読んだが、これらは捕物帳といっても岡っ引きが主人公として活躍するものではない。

日本探偵小説全集で最後になかなか刊行しなかった『名作集 1』が出たのは、もう 21世紀も目前の頃で、冒頭に「半七捕物帳」の二編が収録されている。冒頭に収録されているというのは時代的に早いからである。日本の探偵小説の歴史を簡略に語る場合に捕物帳の存在は省略されるのが常だと思う。ごく簡単に語ってしまうと、乱歩から始まるみたいな話になってしまったりするかも知れないが、もちろん大乱歩以前、明治の黒岩涙香から歴史はある。日本探偵小説全集『名作集 2』の方に中島河太郎による日本探偵小説小史が収録されており、それを読むと涙香以外にもいろいろと探偵小説、推理小説の萌芽はあった。『名作集 1』に収録されている半七物は「お文の魂」と「かむろ蛇」の二編である。このうち「お文の魂」が半七捕物帳の第一作でそれは大正 6年に書かれた。乱歩登場の 5年以上前である。では内容的に半七捕物帳が探偵小説、推理小説と言えるのかというと、確かに本格推理の謎解きとしては不十分なところがあるが、もっと広い意味での探偵小説としては十分な内容である(ちなみに乱歩の最初の随筆集『鬼の言葉』に半七捕物帳が舞台化されたものを観劇して評した文章が収録されている)。

私は『名作集 1』の二編を面白く読んでいたが、最近また読み直してみた。すると、やはり魅了されるものがあった。『半七捕物帳』はかつて(1980年頃)は旺文社の文庫から出ていたのだが、今は光文社の文庫の新装版があるので、その1巻を買ってみた。1作目から13編収録、一晩に一話、という感じで読み進むのが実に楽しかった。「お文の魂」の中で幕末に活躍した半七は江戸の隠れたシャーロック・ホームズであるとされている。ホームズ物に意外とトリッキーな作品が少ないことを指摘したのは乱歩で、確かにホームズ物の面白さというと、狭義の本格探偵小説の枠を超えて、いろいろな要素がその冒険譚の中にあることが言える。半七シリーズも、前近代的な司法制度と犯罪捜査の当時を舞台に、それでもきちんと謎が解かれてゆく面白さもあれば、怪談仕立てのスリル、半七の、ときには足の探偵的な、ときにはアメリカのハードボイルド派に近いような捜査活動の姿、歌舞伎めいたところもある、ときに陰惨な江戸の犯罪のありさま、対して半七の人情と倫理観に裏打ちされた行為と、様々な面白さの要素が小説中にある。そしてホームズ物の魅力の中に小説中に描かれた 19世紀から 20世紀にかけてのロンドンの街の魅力があるように、半七物には季節季節の江戸の町の情緒が描かれている。明治の初めに生まれた作者岡本綺堂は近代化が進む日本、東京の街の中から消え行く江戸の風情を小説中に再現したのだ。

シリーズは、老境の半七が若い「私」に体験談を語るというスタイルであるが、老人半七が淡々と謙虚に昔を語り、「私」が敬意とともに興味深く半七の話を聞いている。いつしか舞台はその頃の江戸に読む者も連れて行かれる。


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