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感想文:『カーテン』アガサ・クリスティ、中村能三訳

2015/06/08 『カーテン』アガサ・クリスティ、中村能三訳(早川書房、早川文庫 1982.10.31 原著、日本語訳単行本は1975年刊行)

調べたら今は新訳が出てるのか、知らなかった。ちょうど新訳の出る直前に、この文庫本を買ったことになるのだな。本の最後に中島河太郎の解説が載っていて、当たり前のように読んだけど、考えてみれば、これ、創元推理文庫じゃない、早川なのだ。創元推理文庫でずいぶん中島河太郎の解説読んだけど、早川文庫に書いてたこともあったんだ(まあ、この本が最後のポアロ物という特別なものだからだろうけど)。

今まであまり意識してなかったけど、そういえばポアロには「ポワロ」と「ポアロ」二つの日本語表記がある。この本では「ポアロ」なので「ポアロ」にしておこう。ポアロ探偵には、私は本格推理小説の天才型名探偵に感じる得体の知れなさを感じるときもあったけど、彼は天才型名探偵であるとともに、元ベルギー警察の署長でもあったのだな、元警察関係者らしい強い倫理観の持ち主でもあったのだということを思い出させてくれる最後の事件であった。そう、ポアロ最後の事件であるということは、副題にもつけられているし、この本が刊行後すぐに日本語訳が出たときも大きく宣伝されていた。解説に週刊誌にも連載されたとあるが、確か “週刊文春” じゃなかったかな?それで私ももちろん本の存在を知ってたのだが、その頃は当時創元推理文庫で読める本しか読んでなかった(早川がミステリの文庫を始める直前)、それから約40年でポアロ物の代表長編を読んできて、『葬儀を終えて』、『象は忘れない』と後期、晩年の作品まで読んだので、もう読んでもいいかな、という心境で読んだ。

当初は作者没後の刊行を意図していたという「最後の事件」だが、書かれたのは 1940年代だという。だけど、この作中で描かれるポアロは老齢で身体的な不安を抱え、車椅子に乗り、ジョージに代わる従者に面倒を見られている。そのポアロが居を定めたのが、イギリスにおいて最初に住み、語り手であるヘイスティングス大尉と知り合ったスタイルズ荘であった、ということなのだ。そのかつての事件は『スタイルズの怪事件』としてまとめられている。クリスティのミステリー処女作である。私がクリスティを初めて読んだのは、あかね書房のジュニア向け世界のミステリ全集で、『ABC殺人事件』と『大空の死(雲をつかむ死)』が収録された本だった。その頃までは、もっぱらジュニア向けのホームズ、ルパン物を読んでいたのだが、ホームズ物が好きだった私には、ポアロと行動をともにするヘイスティングス大尉が語り手であるというスタイルになじめた。そこで次には初めて創元推理文庫で『ポワロの事件簿』2を、『ホームズの冒険』と一緒に買って、大人物の本を読み始めたのだった。小学6年の春だった。『ポワロの事件簿』が 2なのは、本屋の棚に 1が無かったというだけの理由で、それから創元推理文庫のクリスティ作品はかなり読んだが、その頃『スタイルズの怪事件』がちょうどカタログに無く(古い本にはリストに載ってたのだが、それが絶版になっていた)、新たに刊行された『スタイルズの怪事件』を読んだのは、1980年頃と、少し遅かった。

そのスタイルズ荘が舞台で、しかもポアロから呼び寄せられたヘイスティングスが語り手となる。『スタイルズの怪事件』、そしてそれ以前に私が読んでいる『ABC殺人事件』、そして『ポワロの事件簿』の二冊はヘイスティングスが語り手なのだが、その後、ポアロ物のうち評価の高そうな長編ということで私が読んだ本で、ヘイスティングスが語り手のものはなかったので、まさに懐かしい再会であった。しかし、ヘイスティングスの目に痛々しく映る高齢のポアロの描写と並んで、ヘイスティングスの娘(しかも長女ではない)が成人して働いており、亡くなった妻のことを嘆いているヘイスティングスの心境も、この最後の事件を迎えるに至った時の経過を伝える。

クリスティを手始めに大人向けのl本格推理小説を読み始めた私だったが、本格長編の小説が案外に読むのが苦痛だ、クリスティの小説がその中で例外的に面白く読めるのだ、というのはそのうち私も気づいた。クリスティの小説では殺人の謎の解決とともに、登場人物たちの人生ドラマも快く結末を迎えるのだ。この本では、そのドラマにヘイスティングスの娘ジュディスが加わり、彼女の動向に対してヘイスティングスが気を揉むことがいつもの長編と違った味を加えている。そしてポアロがヘイスティングスを呼び寄せた理由は、すでにかなり以前に解決した5つの、納得行く愛憎の動機による殺人事件が実は、その背後に暗躍する同一人物がいる、本当の真犯人がいるというのだ。その人物が今度はこのスタイルズ荘の住人となっている、その人物を探して新たな事件をくいとめなければならないという。そのためにヘイスティングスの力を借りたいというのだ。どういうことなのだろう、よく分らないけど、とにかくこのスタイルズ荘で新たな悲劇が起こりそうなのである。前半、なかなか目立った事件は起こらないけど、これらの要因によって、なんとも漠然と不安と悲劇を予兆させる雰囲気のうちに物語が進んで行くのが、なんともいえない。そしてついに事件は起こり始める……。

真相を知って連想したのは乱歩の名づけたところのプロバビリティの犯罪である。あれとはまたちょっと違うけど、犯罪にならない犯罪であって、犯罪をめぐる謎の解決という乱歩の定義によると、やっぱりこれも本格推理の領域だが、探偵される対象としては限界の領域というか極北というか、そういうものなのだ。しかし、確かにそこに「悪」はある。


ポアロ最後の事件という悲劇……といって案外、すんなりと私が受け入れられたのは、ポアロがすでにかなりの老齢として描かれているからというところがあると思う。そして、しかし、ポアロらしく、まったく几帳面にケリをつけ、後始末をしているのだった。本当に終盤近くで、ポアロの後をついでヘイスティングスが真相解決を試みるが、やはりいつものように失敗しているのが悲しくも微笑ましい。最後には、後で思えば、これはないだろうという人物までが疑惑の対象になるのだった。そして、他の人物に関していえば、ヘイスティングスの娘ジュディスには事件の終わりと同時に新たな旅立ちがあった。私は刊行された頃は、作者自ら「最後の事件」をわざわざ書かなくてもいいのにという思いだったが、今ではこういうのもありかな、という気持ちである。


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