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(再掲)感想文:『カッパ・ブックスの時代』新海均

web「「すわてのメモ」ページ」閉鎖予定につき、今まで書いていた感想文をこのブログに書いてゆくことにしたので、その手始めに今年になって書いた感想文を再掲載します。

2015/04/12『カッパ・ブックスの時代』新海均(河出書房新社、河出ブックス 2013.7.30)

図書館で借りて読んでいる。書店で見かけて前から読みたかったのだ。1970年代に 10代だった私にとって、まず出会った大人の本の一つがカッパ・ブックスのシリーズだった。カッパ・ブックスをはじめとする、×××ブックスは当時の本屋の主役の一人といっていいだろう。しかし、今や、なんということか、ある年齢層より下の人たちに向けては、カッパ・ブックスとはどういうものかをまず説明しないとならないのだ。そしてこの本を読んでいて、はたと気づいたのは、この『カッパ・ブックスの時代』そのものが「河出ブックス」というシリーズの一冊として出てるわけだけど、この「河出ブックス」という新書よりもっと大きなサイズ、B6だっけ、このサイズのシリーズは他社からは××双書とかそういうタイトルのシリーズで出ているものであって、たまたま河出書房新社は「ブックス」という名前にしているが、「カッパ・ブックス」をはじめとする「××ブックス」について語るときの「ブックス」というのは、この「河出ブックス」とは直接関係無くて、×××ブックスは、まずサイズが新書なのである。大きく分類すると、今やもうやたらめったらと各出版社から出ている「新書」のジャンルに入るわけなのだが、それでいて、今ある新書、そして最初はカッパ・ブックス以前に戦前に岩波書店から刊行が始まった「岩波新書」などとは一線を画する存在なのだ。カッパ・ブックスは明確に岩波書店のインテリ向け教養主義に対抗するものとして、より現代的でより大衆的なものを目指して創刊されている。高度成長時代に入り、新たな読者層、ホワイトカラーである新中間層が生れた時代、その試みは見事に成功した。カッパ・ブックスを成功に導いた一番の主役が著名な編集者、神吉晴夫である。

この本は、兵庫県の、中学に進学するものなど珍しいという山村で生れた神吉晴夫の生い立ちから始まって、講談社でキャリアを積んで、すでに中年になった彼が戦後に光文社の重役となってベストセラーを生み、そしてついにカッパ・ブックスを刊行、有能な編集者たちと多くのベストセラーを打ち出して快進撃( 1961年と 1967年にはベストセラー10位内 5冊をカッパの本が占めたという)、日本の教養の質を変えた(と言ったのは会田雄次だっけ?)、そのありさまが前半で描かれている。その舞台、光文社であるが、この本によると講談社が戦争中、若者を戦場に駆り立てるような戦意高揚雑誌を刊行していたりしたため、GHQ支配下で出版活動が制限されることが見込まれ、対策として別の出版社、光文社を作ったという。そして皮肉なことに戦争協力によって陸軍より優先的に配給されていた豊富な用紙によって、光文社が戦後の物資不足の中、民主主義を賛美する雑誌で活動を開始することが出来たという。入社時から切れ者であり、戦前は広報、新聞拡販などに携わった神吉晴夫は光文社で次々とヒットを生み出すわけだが、今ちょうど江戸川乱歩全集の少年物を読んでいたら、戦前講談社から出ていた乱歩の少年物を光文社から出版したいと求めてきたのは神吉晴夫だった。「神吉君が」と乱歩が書いている。ついで光文社の雑誌“少年”の編集者に乱歩の少年物連載を勧めて、ここに戦前に続いて戦後も数々の少年物が書かれることとなったのだという。

私の小学校時代、1960年代後半はまさにカッパ・ブックス快進撃の時代で、高学年になって本屋で手に取るようになる前に、新聞の大きな広告でその存在を印象づけられていた。カッパ・ノベルスの松本清張も広告のリアルな肖像イラストでおなじみになっていた。反面、当時ジュニア向けホームズ物など読んで推理小説好きを自認していたが、ミステリとして宣伝されるカッパ・ノベルスの清張作品は一見興味を引きそうな、でも子供の読むものではない、子供が読んでも面白くもなさそうなものという印象が強かった。しかし、カッパ・ノベルスの松本清張は読まなかったが(祖母が分厚い『黒い画集』を買ってきたのを、ちょっと見てみたりしていたが)、大人向けの本はまず創元推理文庫のクリスティ、ドイルから読み始め、次に手に取った大人向けの本がカッパ・ブックス……ではなかった。近所の本屋に、やはり×××ブックスが並んでいた。サイズは新書と同じだが、×××ブックスが新書と違うところにデザインがカラフルで表紙もそれぞれ工夫をこらしたものであり、そのカラフルで興味を引くような本が新書と同じ棚でなく、もっと前の方の雑誌が平積みで置かれている台の上の棚にズラリと並んでいた。新書、文庫と同じではなく、雑誌と近い目立つ場所に置かれている、というのはもっと大きな本屋でもそうだったから、全国的にそうだったのではないか。内容だけでなく、こうした外見や扱いも新書とは違うという印象を与えていた。そういう×××ブックスで私が最初に買ったのはワニのベストセラーズの浅野八郎『人間テスト』という本だった。カッパ・ブックスからは手相の本を出している浅野八郎がアメリカの雑誌に載っている娯楽としての心理テストを紹介した、少々エロチックな部分もある本だった。次に買ったのがカッパ・ブックス『頭の体操』第2集で、次が『西洋占星術』だった。以後、中学を卒業するくらいまでの 4年近くカッパ・ブックスはよく買った(書名を挙げると加藤周一の『読書術』―『頭の体操』以前の初期のカッパ・ブックスでは、内容は易しいのだけど、ちゃんと文章を読まなければならない本が普通だった、これもタイトルはハウツー物ぽいが、普通のエッセー。多湖輝の『頭の体操』以前の『読心術』、4巻まで出ていた『頭の体操』、『英語に強くなる本』―100万部売れたこの本も、しっかり読むところのある本で真鍋博の挿絵が印象的、同じ著者の『英単語記憶術』、『英熟語記憶術』、『もうちょっとで英語は話せる』、南博の『初歩・心理学』、南博訳編の『記憶術』、波多野完治の『心理学入門』(これはなかなか読み応えのある本)、木々高太郎こと林髞の『頭のよくなる本』―これなんかもハウツー物ながらちゃんと読まなければならない本、こういったところ)。

カッパの本のベストセラー本やその他のカッパの本はその後も折りに触れ買うことがあり、親しみ深いものがあった。だからカッパ・ブックスの中でも快進撃を続けた 1960年代の数々のベストセラーがこうして生れたという過程がヴィヴィッドに書かれた個所は読んでてエキサイティングである。ところがその後、1969年だったかな、大いにはめをはずした忘年会の話があったと思ったら次に話は光文社争議に突入、イッキに盛り下がるというか、いっきに暗い影が覆う。今までにないアイディアと精神で快進撃を続ける編集部のありさまを読んで―しかも彼らが作った本は私も何冊も実際に自分で読んで、その出来栄えは分っている―ハイになっていたら冷や水をかけられる。光文社社員の組合が会社上層部の意のままに動く御用組合と闘争を続ける第二組合とに分裂、会社側は第二組合を押さえ込むために、暴力に慣れたような連中を管理職として雇う。窓ガラスが割れ、破片が床に飛び散っている。数年に及ぶ闘争の中、暴力沙汰が頻繁に起こり、本書の記述によると組合員の中には膵臓破裂の重傷を負った人もいるという。その後、どうなったのだろう。

高度経済成長下の日本、労使のぶつかりあいはいずこでもあり、こうした暴力的な事態に陥った会社というのも珍しくはないだろう。当時は 60年安保、70年安保の反対運動が盛んに行われた時代であり、労働者たちも元気があったのだ。しかし、その舞台が大ベストセラーを生み出し続けている出版社というのでは注目されるのも当然だろう。この本によると組合支援には有名な作家や芸能人たちが名乗り出ている。光文社争議というのがある、というのは当時十代の私のもとまで伝わっていた。神吉晴夫が有能な編集者だが、それで光文社を辞めたということまで知っていたのだ。どのようにして知ったか分らない。まだ“噂の真相”などない時代である(あっても十代の私は読んでないだろう)、私が読んでる作家か誰かが私の読んだ何かで書いたりしていたのだろう(ちなみに私は北杜夫の本を当時から愛読しているが、ベストセラーとなった出世作『どくとるマンボウ航海記』は航海の後、最初、神吉晴夫が訪ねて来て本を書くことの打診があったとエッセーに書いている)。注意してみると、確かに最初はカッパの本の最後にある創刊のことば(例の、へのかっぱというあれ)のところとか、奥付に神吉晴夫の名前があったのが、いつの間にか無くなっていたような……。ただし私はそれはもう過去のことだろうと思っていた。神吉晴夫は争議の初期に退陣しているのだが、この本を読んで、その争議がまさに私がカッパの本を次々と読んでいた 1970年代前半に継続していたことを知った。そして争議の最中にも『日本沈没』など新たなベストセラーが何冊も生れている。ちなみに著者は争議終了直前の 1975年入社で入社してすぐカッパ・ブックスを担当して、2000年過ぎてカッパ・ブックスが終焉するときにまた担当したという。

次々とベストセラーを生み続ける有能な編集者たちのドラマ、重苦しい労働争議のドラマ、それらがちょうど入れ替わるように続くから不思議な違和感があるが、どちらも同じ出版社を舞台とした物語であり、当事者たちの真実である。ちょっと語る対象の捉え方を変えてみると、どちらかの物語になる。有能な編集者たちがいないと次々とヒットは生み出せないが、しかし彼らだけで動いている会社ではないのだ。

ところで、そのカッパ・ブックス以外の×××ブックス、光文社の編集者たちが争議の時期に移籍してカッパのノウハウを広め、編集の才を発揮したものもある(青春出版社、祥伝社、ごま書房)ということをこの本で初めて知った。××ブックス以外の分野でも活躍したという。また、かんき出版という出版社の名前は聞いたことがあるけど、これは晩年の神吉晴夫が設立を準備していた出版社だと初めて知った。

闘争の終了後、平穏に戻った光文社での1980年代のあらたな展開、カッパの本に関して言えば新シリーズ、カッパ・サイエンスの登場があった。女性向けファッション雑誌“JJ”が売れ、最初の部分はカッパ・ノベルスから出ていた(私もリストに載っていたのを覚えている)『神聖喜劇』が全6巻で刊行、光文社文庫創刊、“週刊宝石”創刊と出版社の活動が続き、時代が変ってゆく。いつしかカッパの本が時代遅れになったのだろうか。正規のシリーズとしては 23集まで出ていた『頭の体操』だが、私は新しい集が出るたびに買っていて、23集まで持っている。ひさびさに 2000年頃に出た 23集を取り出して(最後の集ということで大事に読んでいて、じっくり問題を解こうと思ってまだ最後まで読んでないのだ)巻末の刊行リストや、はさまれている広告など見ても、カッパの本は変らず健在であるようなのだが……。本屋ですぐ見つかるはずのカッパ・ブックスがなかなか見当たらなくなってきていたことには気づいていた。光文社新書が出ていたし、カッパ・ブックスの受け皿のような知恵の森文庫も登場していた。この本によると社長になった“JJ”をヒットさせた編集者がカッパのマークがきらいだったという。そのことが象徴的なように、時代と社の空気がカッパ・ブックスを存在させなくした。会社内だけの問題でもないと思うが、こういう場合、出版社が大きくなるというもの考えものだなあと感じる。

ともあれカッパ・ブックスが本屋で見られなくなった時代というのはカッパ・ブックスだけでなく、その他××ブックスというスタイルの本がこぞって消えてしまった。そしてもうとにかくやたらいろんな出版社から新書のシリーズが出ている。それらの新書を本屋で見てみると、これは世が世なら到底新書では出なくて、×××ブックスから出ているだろうと思われるようなものが見られる。より大衆向け、より柔らかい内容、よりイージーな、そんな風なもの。新書の一部は完全にかつての××ブックスを代用していると思う。しかし、カッパ・ブックスを代表とする×××ブックスに較べて、経費節約になるのだろうが、ほとんどすべて同じ装丁の、表紙絵、挿絵もほとんどない新書がズラッと並んでいるのは味気ない。1970年代当時、カッパの本を初めとした×××ブックスを本屋で見たり、買って帰ったときの面白がらされるワクワク感、ヴィジュアル的な魅力が懐かしい。私が当時大人の本を読み始めた、好奇心にあふれた思春期だったことと、カッパの本をはじめとした×××ブックスのいい時代が幸福に重なっていたのであった。さて、現在のズラーッとある新書の中に星海社新書という聞いたことない出版社の新書があって、その中の『オカルト「超」入門』という本を買って読んだのだけど、この本によると 1978年生まれで(私より約 20歳下)光文社をリストラされた後、星海社に移って活動を続けている編集者は最も尊敬する編集者が神吉晴夫なのだそうだ。こういう人も現在いるのである。どの出版社でもいい、電子書籍でも紙の本でもいいけど、カッパ・ブックスのワクワク感を21世紀の現在に感じさせてくれたらなあ。

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