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乱歩再読メモ 『影男』

乱歩が戦後に書いた数少ない長編の一作、『影男』は、私は中学一年の冬、新潮文庫の短編集『江戸川乱歩傑作選』に続いて春陽文庫で『黄金仮面』、『化人幻戯』と読み進め、その次に読んだ長編だった。一緒に買ったのは『十字路・盲獣』、つまり戦後の長編を続けて読んだのだ。まだ乱歩の通俗長編の世界に慣れていない私には新鮮な体験であって、そのせいもあってこの長編はずっと気に入っている作品なのだが、このたび再読しても、やっぱり面白かった。

戦中に西洋のミステリーの動向に新たな興味を抱くとともに戦後、エログロな作風を反省した乱歩は自らの創作よりも探偵小説普及の活動に重きを置いていた。しかし、一部で勘違いされているように戦後の乱歩に見るべき創作がなかったのではなく、しばらくは少年物と短編いくつかを求めに応じて書いていただけだが、1954年、還暦を機に創作に力を入れることを宣言、さっそく『化人幻戯』と『影男』の二長編を連載、完成させたのだった。先に再読感想を書いた『化人幻戯』は乱歩待望の本格長編として評価されたが、一方の『影男』は懐かしい乱歩の通俗長編世界を戦後の東京に展開させたものであった。乱歩の長編評、大内茂男「華麗なユートピア」で、堂々とした本格長編と通俗長編を同時に書き進める乱歩という作家の特異性に感じ入っている。乱歩自身、こちらの『影男』が自分の本来の持ち味だが、戦前より一風気の抜けたものであるという評価を下している。しかし、決してそう捨てたものではないと私は思う。

影男という二十面相のアダルト版とでもいうべきキャラクターを創り上げて展開させる物語はいくつかのエピソードの連なりであるという点で、他の通俗長編とは構成を単純に比較できない。またですかというように繰り返される乱歩の嗜好趣味なのだが、新たな海外ミステリーを読んだ影響か、戦後という新たな時代の空気か、戦前のものとはまた微妙に異なった感触がある。そして繰り返される乱歩趣味は一層近代的に突き詰められて興味深い(そのまま次世代のスパイ映画とかアクション物、テレビ特撮物につながる世界か?)。そういえば影男と殺人請負会社のボスが、意外な場所として遊園地の観覧車や東京湾のボートの上で会ったりとか、そういう場面なんかも新鮮だった。

「アル中の人外」、「人外」という言葉を私はこの小説で初めて知ったのだが、戦地から帰って酒びたりの日々を送る、自らを「アル中の人外」と吐き捨てる父親を持ち、継母からこき使われている、かわいそうないたいけな少女が、巻頭、ホテルでの成金紳士のSM趣味光景に続いて登場する。果たしてこの少女はどうなるのか、このエピソードだけで、もうつかみはOK、軍国主義とともにエログロナンセンスの悪夢を捨て去ったはずの?戦後東京に展開する乱歩の怖ろしくも痛快な夢世界に魅せられてゆくのである。


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