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乱歩再読メモ『怪人二十面相』、『少年探偵団』、『妖怪博士』

講談社1978年版全集では3巻にわたって少年物が収録されている。23巻は昭和12年、初めての少年物『怪人二十面相』、続く『少年探偵団』、『妖怪博士』の戦前の三作だ。この全集に続いて同じコンセプトの装丁で出された『江戸川乱歩 評論と研究』には、中井英夫が乱歩自身によって書かれたすべての少年物を読んだ上で(乱歩の戦後の少年物には代筆者の手によるものがある)、少年物からうかがえる乱歩世界の根源的なものに迫った評論が収められている。そこに書かれているのだが、中井英夫は少年時代に乱歩の少年物は読んだことがなかった。というのは、中井英夫はまだ乱歩が少年物を書く時代の前に少年時代を過ごしたのであり、はじめて読んだ乱歩は雑誌に載っていた大人物の連載だった。

乱歩が少年物を書き始めてから、人気を呼んだ少年物によって乱歩の世界をはじめて体験した人たちが増え、作家などになって少年物に始まる乱歩読書の思い出を書き、いつしか「乱歩体験」と呼ばれるようになっていた。たとえば北杜夫など、ちょうど少年時代と乱歩の少年物の連載時期が重なっており、戦前の東京の原っぱの記憶とともに乱歩の思い出を繰り返し書いている。この78年版全集の1巻の解説を書いている筒井康隆は最初から大人物を読んだのではなかったかなと読み返してみたら、小学校低学年で本格謎解き短編「何者」を面白いと思ったという筒井康隆でも、最初は1年生のとき『怪人二十面相』と『少年探偵団』を借りて読んだんだそうだ。なんでも『少年探偵団』の「屋上の怪人」の章の見開きの挿絵がとても怖かったそうだ。

3巻の解説を書いている中島梓=栗本薫も最初は少年向けの乱歩全集?みたいな本を読んだという。大人物では横溝作品に最初に魅せられたという。故栗本薫となると、私と一回りも歳が違わないのかな? 6歳上なんだ。彼女の時代になると、すでにラジオドラマをはじめとするメディア展開としての乱歩、二十面相と少年探偵団の時代だ。たぶん乱歩の亡くなる前後の頃だろう。戦後も続々と出された少年物の本は連載雑誌“少年”の出版元、光文社からポプラ社へと移り、代作者による大人物のリライトを含めて続々と出された。その乱歩の少年物の全貌については、1975年に出された、乱歩のミステリ研究書の題名をいただいたミステリ雑誌“幻影城”増刊「江戸川乱歩の世界」で戸川安宣がまとめている。

乱歩全集の乱歩作品目録を見ると、私が小学校高学年のときには、そのポプラ社版少年探偵江戸側乱歩全集が途中で刊行が止まっていたのが再び刊行再開されたときだった。私の体験としても本屋の子供向けの棚に、ホームズ、ルパンの子供向けリライトと並んでズラッと乱歩の少年物が並んでいた。ところが、私はそれらを読んだことがないのであった(いや、厳密には、すでに乱歩の大人物を春陽文庫で読み始めてから、たまたま妹が一冊『怪奇四十面相』を買ってきたのを一度だけ読んだ。随筆『探偵小説の「謎」』で紹介している海外作家の図書館の中で身を隠すトリックを借用していたから、『探偵小説の「謎」』を読んだ後のことだと思う)。「乱歩体験」という言葉を使うならば、私の乱歩体験はテレビ番組である。

1968年 2月からのフジTV系のアニメ「わんぱく探偵団」は、少年探偵団シリーズを土台としながら、スパイ映画ブーム、アポロ月着陸を目前に控えた時代の現代的アレンジで、まだ白黒の作品で、今見ると当時のまだ稚拙なアニメーション技術の枠内ながら毎回面白く見せた。最近知ったことだが、りんたろう監督作品だ。『黒蜥蜴』の再読感想で、『黒蜥蜴』の舞台中継の思い出を書いた。私の記憶では、それは「わんぱく探偵団」以前のことだと思い込んでいたのだが、このたび乱歩全集の乱歩作品目録を見てみたら、どうやらそれは「わんぱく探偵団」放映最中の 1968年 5月のことだったようだ(乱歩作品目録による。今、Wikipediaを見たら 7月となっていたが、どちらにしろ「わんぱく探偵団」放映中の時期)。当時、丸山明宏(現・美輪明宏)による映画『黒蜥蜴』が封切られるが、舞台でも丸山明宏が黒蜥蜴を演じていたのである(並ぶ名前が天知茂、このときから明智を演じていたとは知らなかった、Wikipediaによると戯曲化した三島由紀夫の依頼だそうだ)。続いて東京12チャンネル系の「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」、NHKの「明智探偵事務所」、ニッポン放送の連続ドラマと放送メディアによる(現代化された)乱歩体験が続く。

一方で「わんぱく探偵団」放映前に私ははじめてホームズ物を読んだ。河出書房から出ていた少年少女文学全集の一冊だが、これが阿部知二による創元推理文庫と基本的に同じ大人物そのまま(ごく一部のみ省略されているようだったが)で、また「オールカラー挿絵が魅力」と帯で吉永小百合が語っていた河出書房のこの全集はヴィジュアル的にカラフルで、とても洗練されており、特にホームズの挿絵はうまく表現する言葉がないが、リアルな挿絵でなくて、イラスト的というかアート的というか、垢抜けたものだった(余談だが、子供向けミステリ本での洗練されたイラストというと、あかね書房のジュニア向けの世界推理小説全集の中で、まだサイケに行く前の初期のシンプルな線の横尾忠則が『ヴァスカビル家の犬』の挿絵を描いていて、再読して気づいたときはうれしかった)。そういう体験を最初にしているから、当時偕成社やポプラ社からいろいろ出ていた普通のホームズやルパンの少年向けのものでもあまりビジュアル的にいいと思えなかった(内容も偕成社のホームズ全集で野田開作という人が書いた「白銀号事件」を次に読んだら、ワトソンの語りが勝手に三人称の話に替えられていた。極端な例では、少年向け世界推理小説全集で柴田連三郎が訳した「恐怖の谷」など、時代小説の一編かというようなホームズ主役の創作短編が入れられていたりして―ページ数合わせのためとかそんな理由なのか?、まだ適当なことが通用していた時代だった)。ましてや乱歩の少年物は本屋で背や表紙の絵を見ても、戦前の日本といった感じの泥くさいというか古臭い感じが漂っているし、内容も最初から子供向けに書かれたものだろうし、手に取る気がしなかった。

また、その頃「なつかしのメロディー」ブームになって、テレビでも以前の人気歌手が出てくる番組が作られるようになった。軍歌や戦時歌謡も歌われたりした。私が小学校高学年になると、その若者向けヴァージョンとでも言うような、「ナツマン」、つまり懐かしの漫画ブームというのが、おそらくラジオの若者向け深夜放送あたりから起こって、レコード会社等がこれは商売になると見たのではないかと思うが、あって、私より一回り上の全共闘世代が子供の頃見たり聞いたりしたラジオテレビの子供向けドラマのテーマソングがラジオから流れたりした。1971年前半頃のことだ。「月光仮面」やら「赤胴鈴之助」などだが、多くは児童合唱団が歌うそれらのテーマソング、そして初めて知るそれらの番組の内容についても、すでに「ウルトラマン」「おそ松くん」など次世代の子供文化を体験している私には、どうにも古臭くてあぜんとするようなものだった。ラジオドラマ「少年探偵団」のテーマも、曲自体は「わんぱく探偵団」に使われたのと同じメロディーなのだけど、「わんぱく探偵団」のスピーディで元気のいいアレンジにくらべて、「勇気りんりん」という歌詞なども含めて、なんとも古めかしく感じた。そういうわけで、私は乱歩の少年物については、完全に敬遠して育った。講談社1978年版全集ではじめて乱歩の少年物を読んだ。それもすでに 20歳を何年も過ぎた歳だったので読み飛ばした風だったのだろう、このたび再読といってもほとんどはじめて読むような感触であった。

あらためて気づかされるのは、初めての少年物『怪人二十面相』が書かれたのが昭和12年、太平洋戦争勃発までわずか 4年ということである。戦争時代になると、乱歩が作品を発表できる余地はまったく無くなるが(唯一、国策に沿った長編『偉大なる夢』を除き)、その時代を目前にした、この時期でもまだ乱歩が新たに少年物に進出し、それが受け入れられるような社会だったんだなあということ。もちろん、戦前のこの頃がNHKのドラマにでもあるような?暗い時代を庶民が耐えていた、みたいなものでなく結構アメリカの娯楽も入ってきていて人々は楽しんでいたというような事実を小林信彦のエッセーなどで知っていたのだが。

明智小五郎の助手、いかにも美少年好きの乱歩らしいキャラクター(ここで強調しておきたいのは、乱歩の少年好きというと、下世話な空想を働かせる向きがあるようだが、乱歩の著作からうかがえるところでは、乱歩の少年愛探求というのは、ひとつの夢、美の理想に向けてのプラトニックな探求であったらしいことである)小林少年がはじめて登場するのは、少年物開始の直前に書かれた『人間豹』であるが( 2014.12.24 追記 これは完全に間違いで、昭和5,6年くらいの『吸血鬼』が初登場、印象に残る活躍シーンもある)、そのときはまだ少年物を書くという気はなかったのだと思うのだが、どうだろう。とにかく先んじた大人物に、少年物の主役にすえるに最適のキャラクターが登場していたわけである。そして、これも直前の作品『黒蜥蜴』がある。乱歩の通俗長編は名探偵対怪人の構図が多いが、中でもこの『黒蜥蜴』のダイヤをめぐっての名探偵対女盗賊の対決の構図がそのまま『怪人二十面相』に持ち込まれているような印象を受ける。そして初期の少年物と平行して書かれたのが、とても大人向けの『大暗室』というのも面白い。

現代の感覚で読んで可笑しいのは、現代では漫画雑誌に相当するような少年向け娯楽メディアに掲載される作品であっても、あくまで良家の子女向けの作品を標榜したというのだろうか、特に登場する少年たちを語り、少年とその家族や目上の人との関係を描くような個所に、やたらと丁寧語みたいなのが使われているところ(うまく説明できてませんが)、「おとうさま」「おかあさま」とか、「妖怪博士」の最初のところで、蛭田博士の屋敷に忍び込んだ少年が縛られている少女を見て「あの悪者の老人が、おねえさまを、こんなひどいめにあわせたんだな」とか、そういうのって、私と同じ年代とか私より若くて乱歩の少年物を読んできた人たちは戦前東京の描写を除いても違和感無かったのだろうか。

“幻影城”増刊「江戸川乱歩の世界」には「創造と崩壊 乱歩の少年探偵小説」という二上洋一による評論が掲載されている。「創造」というのは乱歩が「怪人二十面相」「少年探偵団」で、名探偵と怪盗がともに紳士として対決し、競い合うという少年読者を魅了する設定を造り上げたということで、「崩壊」とは続く「妖怪博士」で二十面相が明智探偵と少年探偵団に復讐するという話にして、二十面相の地位を貶めたということだ(戦後作品もその繰り返し)。私が今回読んで感じたのは、乱歩の他の大人向け通俗長編に登場する怪人犯罪者たちもそういうところあると思うけど、調子の良いときは結構紳士面していて、二十面相も小林君がかわいくてたまらないのだよ、みたいなこと言ってるけど、立場が悪くなると、紳士づらの皮がすぐはげるというか、「小林の小僧」とか言ったりする。そして「妖怪博士」の最後となると、血を見るのはきらいだが、にくい少年探偵団と明智は洞窟内で餓死して結構というそこまで行っちゃってる。確かに「崩壊」だ。

しかし、少年読者にとっては、それは一面ではがっかりすることだろうけど、必ずしも面白さを損なう一因になるとばかりは言えないのではないか。大人的な観点では『怪人二十面相』『少年探偵団』に較べて劣った作品と評価されることが多いだろうと思われる『妖怪博士』だが、冒頭からのバカバカしいような展開にしろ、明智探偵に次ぐ特別な存在である小林少年ではなく、その他の一人一人の小学生が、直接怪人と向き合い、スリルを味わう展開は、彼等の目線で読む子供たちをわけもなく物語り世界に引き込むことがあるのではないかと読みながら思った。私は今回、この「妖怪博士」の最後のエピソード、洞窟探検で怪物が出てくる、ちょっと連載の最後の方が余って急遽作り上げたようなエピソードが実は一番面白かったかなあというような読後感を持った。大人の視点でエンターテインメントとしてよく出来てるかどうかという理知的な観点からの評価と、子供が夢中になって読む面白さというのはまたちょっと違うのかも知れない。

そのような魅力を持っていると思われる乱歩の少年向け作品は作品量としては、決して無視できない量であり、そこにうかがえるものもあるに違いないだろうけど、私としては講談社1978年版全集の3巻くらいの分量に収めるので十分と感じる。

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