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乱歩再読メモ『盲獣』

この乱歩の通俗長編の中でも一つの極北といえる作品、『盲獣』を読んだのは早い時期だった。中一の正月に新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』を読んで、次に春陽文庫を読み始めた。まず『黄金仮面』を読んだ。それから『化人幻戯』、『影男』、『十字路』と読んでいった。『化人幻戯』は「二銭銅貨」「心理試験」「陰獣」と並んで中島河太郎が、家にあった平凡社の『国民百科事典』全 5巻の「探偵小説」の項で日本のベスト50にあげていた長編であり、なおかつその題名が謎めいていることが興味をわかせた。そして戦後という、自分がいる現代とつながっている時代に書かれたものだということで親しみがわいた。そして次には『影男』『十字路』と戦後の長編を読み進んだのであった。そうしたら『十字路』と一緒に一冊になっていたのが『盲獣』だった。これは昭和 6年に書かれたもので、『十字路』とまったく時代が異なる。おそらく一冊にまとめられたのは、単にページ数の都合程度の理由だろうと思う(同文庫では『一寸法師』と『地獄の道化師』も一冊になっているが、こちらも初期の長編と戦前ミステリが発表しづらくなる頃の作品と、時代が離れている)。

大内茂男「華麗なユートピア」では〈全編センシュアリティとグルーサムネスに満ち満ちた作品だ。〉と書かれている。この文章を読んだのは、18歳の頃だったが、まったくその通りだと思った。さらに乱歩の通俗長編を読み進んだ体験を踏まえて、もう少し具体的に言えば、通俗長編で繰り返し描かれる、殺人の犠牲者の女の死体がバラバラにされて石膏の彫像にされたり、ショーウィンドウに飾られたりという趣向、レヴィユーの女王が狙われるというトピックに特化した長編である。このレヴィユーの女王というのが、1972,3年当時の私にはあんまりピンと来なかった。えらいレトロなんだろうけど、イメージそのものがよく湧かないというような代物だ。かろうじて戦前が舞台のテレビドラマで聞いたことがある、程度のものだ。しいて1972,3年当時似たようなものといえば、宝塚か 。しかし、乱歩の小説を読むと、もう少し通俗で、もう少しセクシーなものらしい。SKDというのものあって、こちらはテレビの芸能ニュースとかで見たりしたが、こちらの方が近いか。それはともかくとして、この小説は、触覚で女体の美を愛でる盲目の殺人鬼が、次々と獲物の女体を求めて、殺してはバラバラにして衆人環視のものにさらすというものである。

この長編、私が最初に読んだ春陽文庫版と 20歳頃買った 1978年版講談社全集とでは内容に違いがある。というのは、戦後の桃源社版全集での「自注自解」で乱歩が言うことには、書いてから一度も読み返していなかったが、今回全集のために読み返したら、ひどい変態作品だった、探偵小説がエログロと非難されたのはこういう作品があったからだろう、全集にも入れたくないが、そのようにしていくと半分以上の作品が入れられなくなるから目をつむって収録する、ただし「鎌倉ハム大安売り」の章だけは〈作者自身が吐き気を催すほどなので〉、削除して前後の文章を書き直して、つながるようにするというものだ。実際確認すると、講談社版の全集もそうなっている。この「鎌倉ハム大安売り」がそれほどひどいのかというと、作品全体がまあひどい話なので(笑)、全体の調子に較べると、ここだけがとびぬけてひどいという印象もない。章の名前だけ見ると、死体でハムを作ったように思えるが、さすがに盲獣大先生も、そこまで酔狂ではなかった。ちなみにその後の創元推理文庫版では、この文庫版のシリーズの編集方針から見て当然だが、掲載誌にあたって雑誌掲載時の文章を復元している。

特定の探偵役の出てこない、この小説ではあるが、盲獣大先生が暗躍してレビューの女王を我が物とし、バラバラ死体をさらし、特に猟奇未亡人軍団とやりあう様は、探偵小説的テイストで読める小説ではある。初読のときは、特にこの猟奇を求める未亡人クラブのリーダー格の女性が、どうも最近出入りしているあんまがバラバラ殺人犯らしいと気づき、罠を張るくだりが一番印象に残った。盲獣大先生はもう最初からこの世の他の存在であるが、対するこの猟奇大好き未亡人も鼻持ちならぬというか小ざかしさ全開というか……。もちろん、おそらく乱歩愛読者間では知られていると思われる「いも虫ごろごろ」のくだりも、あっけにとられながら、作者の幼児性が投影された天才殺人鬼の幼児性があっけらかんと描かれる、この場面に納得させられるのであった。今回再読して印象に残ったのは、レヴィユーの女王が連れ込まれる、盲獣のアジトの、触覚芸術の快美を得ることのみを意図して作られた、その部屋のありさまだ。当時の前衛芸術などからインスパイアされてるのかも知れないが、この描写は、そのままサイケデリックの世界とかそういう現代的なアート世界に通じると思う。

時代劇映画の世界では戦後、盲目の居合斬りの達人、座頭市というヒーローが誕生したが、さまざまな殺人鬼が跳梁する乱歩の通俗長編世界の中で、この小説の主人公は、まるで触覚で空気をも察知して自由に動けるのかと言わんばかりに、いくらなんでもという域を超えての跳梁跋扈やりたい放題、怪人を超えて悪の超人の域に達しているので、あまりな所業の数々も、超人が普通に活動している物語の非現実的、超現実的なお話として読めるというところがある。最後の方で旅に出た盲獣の「鎌倉ハム大安売り」、そして漁村でのエピソードのあたりなど、私は鈴木清順タッチで映画化すれば似合うような気がする。ちなみに、年代順に収録した講談社の 1978年版全集 6巻は、この「ひどい変態作品」と幻想的名作短編「押絵と旅する男」、本格謎解き短編「何者」、怪人対明智小五郎の通俗長編『黄金仮面』が一冊になっているという、乱歩を表現するに特徴的な一冊となっている。

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