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乱歩再読メモ 短編群、大正14年まで

乱歩の作品を初めて読んだのは新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』で、中学一年の正月明け。その頃は赤と黒のカヴァー・デザインに鎖の絵がある表紙だった。「二銭銅貨」「二廃人」「D坂の殺人事件」「心理試験」「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」「人間椅子」「鏡地獄」「芋虫」を収録、解説は平野謙だ。このセレクションに「押絵と旅する男」を含めれば、普通の分厚さの乱歩短編選集としては申し分ない内容になると思うが、この集が出来た頃は「押絵と旅する男」はまだそれほど評価されてなかったのだろうか?

当時書店店頭にある乱歩は少年物を除くと、講談社の黒い箱の 1969年版全集、同じく黒い軽装版の江戸川乱歩シリーズ(テレビドラマ化にあわせて出たのだろうか?)、文庫は新潮文庫が、この一冊、角川文庫が横溝正史作品に続いてこれから出そうというところか? あとはこのうえなく地味な春陽文庫。冬はその春陽文庫の長編ばかりを読んだ。春休みになって春陽文庫の乱歩短編全集の一冊を初めて買った。この短編全集は今では江戸川乱歩文庫、全30巻の中に入ってしまって「短編全集」の名前が消えているようだが、春陽堂サイトのリストで見ると、内容は同じもののようだ。買ったのは「陰獣」を収めた一巻、他の収録作品は「盗難」「踊る一寸法師」「覆面の舞踏者」である。この短編全集は収録はこのように年代順でなくアット・ランダムで、いくつかの巻はこのように長めの作品をまず一作置いて、その他のページを埋めるように他の短編が収録されている。

初夏には乱歩の小説は読まず、当時全集以外で簡単に手に入る唯一の乱歩の評論随筆、社会思想社現代教養文庫から出ていた『探偵小説の「謎」』を読んだ。現代教養文庫としては初期の刊行で、活字など古めかしいものだったが非常に面白かった。ただ世界の名作のネタばらしが平気でしてあるのだ。夏休みになって春陽文庫短編全集の続く一冊「パノラマ島奇談」が収録されている一冊を読んだ。他に「白昼夢」「鬼」「火縄銃」「接吻」を収録。秋に向かって……と、その前に思い出したが、夏には乱歩編集の創元推理文庫の世界名作短編集5冊とも読んだのだ。その頃は創元推理文庫の本格物をよく読んでいた。

秋に向かっては「屋根裏の散歩者」「鏡地獄」「押絵と旅する男」「火星の運河」「目羅博士の不思議な犯罪」「虫」「疑惑」の一冊、「D坂の殺人事件」「何者」「一人二役」「算盤が恋を語る話」「恐ろしき錯誤」「赤い部屋」「黒手組」の一冊、「人間椅子」「お勢登場」「毒草」「双生児」「夢遊病者の死」「灰神楽」「木馬は廻る」「指環」「幽霊」「人でなしの恋」の一冊、「月と手袋」「地獄風景」「モノグラム」「日記帳」と続いた。結局残る二冊を買わず、その中の「一枚の切符」「百面相役者」「石榴」及び「ペテン師と空気男」(は長編に入るのか?)「堀越捜査一課長殿」「防空壕」「妻に失恋した男」「指」は、1978年版の全集で初めて読んだ(と思い込んでいたが、「百面相役者」は今回読んでみたら記憶になく、どうも読み逃していたのかも知れない)。

そういう風にアット・ランダムに読んだ乱歩短編、すでに「堀越捜査一課長殿」「鬼」の再読感想は書いたけど、これからは年代順に読んでみようという気になった。今回は乱歩が雑誌 “新青年”にデビューした大正12年から、関東大震災を経て職業作家として立つことになり、短編執筆量が一番多かった大正14年までの作品。ちなみに当時の春陽文庫は全部早くに処分してしまって、代わりに 1978年版の全集を買った形だが、今では創元推理文庫の日本探偵小説全集はもちろんのこと、その後に出た短編の文庫も一冊また一冊と買って持っている。読むには全集より文庫の方が読みやすい。

春陽文庫で読んだ折、評価の定まった名作や、そうでなくても強い印象を残した作品(たとえば「白昼夢」「踊る一寸法師」「毒草」「木馬は廻る」「虫」「人でなしの恋」「目羅博士の不思議な犯罪」といった作品)もあれば、それらの作品にまぎれて読み流して終わった作品もある。今回読んでみて、当時そういう風にあまり気に留めなかったような作品にもいろいろと見るべきところがあるのを発見した。一方で名作の部類に入る「二銭銅貨」や「二廃人」は雰囲気はいいものの、案外奥行きを感じないように思えた。

名作であり、今回読んでも良かったのは「赤い部屋」「屋根裏の散歩者」それに「心理試験」あたりか。特に「赤い部屋」は、乱歩言うところのプロバビリティの犯罪の羅列はひさびさに読んでもやっぱり面白いし、それに加えて当時、余計とも言われたラストの部分に強い感銘を受けた。すべてが色あせてゆく、このラストにこそ文学的な感興があると思う。そしてその後「人間椅子」を読んで感じたことは、実はというラスト部分があるにもかかわらず、小説の中で確かに、法の目をくぐるおそろしい連続殺人が行われのを私は目撃し、椅子の下にいる男が肉体の感触を味わったのを私は確信しているのだ。私の中では夜の夢はまことになっていた。

「心理試験」や「屋根裏の散歩者」での犯罪者に密着し、彼らが犯罪を行う過程を目撃してゆくスリル、不安と恐怖の迫真さは言うまでもない。これは最初に読んだときにも感じたが、「恐ろしき錯誤」でもその種類のスリルは十分に描かれているし、今回読んでみると「双生児」などにも十分ある。この種のスリル、不安と恐怖の描写がこの時期の乱歩作品の一方のコアな部分と言えよう。それに対し他方では推理、謎解きの理知の快感がある。

「夢遊病者の死」は乱歩の意に反して評判にならず、乱歩が推理中心の作品から幻想的な作風に移るきっかけとなったと何かに書いてあったと思うが、前半、貧乏な家庭の不和の様子の描き方が効果的で、後半は謎とその解決に満足がゆく作品である。「幽霊」は乱歩自身の評価も低い作品で、確かにトリックはチェスタートンそのままなのだが、追い詰められた悪徳社長がおびえる描写は読ませる。殺人のない「盗難」なども面白い。総じて短編をまとめて読んで思ったことは、名作といわれるような作品にしろ、そうでないものにしろ、作品それぞれに趣向を凝らし、うまくまとめているということ。乱歩の経歴からいって、それまでにそう文学的なあれこれを経験していないにもかかわらず、いざ小説を書くとなると、上手に作品化出来るというのは、乱歩は一方では夢と幻想に生きながら、他方では理知の人である、現実的な手際を持っているということを、あらためて認識させられる昨今である。これは特に私が現在乱歩の評論随筆を平行して読んでいるので、余計その感が強いのだろう。

2013/10/19 追記

大正14年までに発表された短編は発表順に「二銭銅貨」「一枚の切符」「恐ろしき錯誤」「二廃人」「双生児」「D坂の殺人事件」「心理試験」「黒手組」「赤い部屋」「算盤が恋を語る話」「日記帳」「幽霊」「盗難」「白昼夢」「指環」「夢遊病者の死」「屋根裏の散歩者」「百面相役者」「一人二役」「人間椅子」「疑惑」「接吻」(1978年版講談社版全集による。同全集 1巻には昭和 4年の全集ではじめて発表された大正 4年、学生時代の処女作「火縄銃」も収録)

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