« 乱歩再読メモ『黒蜥蜴』 | Main | 乱歩再読メモ 短編群、大正14年まで »

乱歩再読メモ『蜘蛛男』

『蜘蛛男』は、昭和4年から 5年にかけて講談社の読み物雑誌 “講談倶楽部”に連載された長編である。連載開始時期は、乱歩の代表作の一つである長編『孤島の鬼』連載時期の後半にあたる。これまでにも乱歩は長編小説を幾本か書いているが、読者数の多い大衆向け雑誌である “講談倶楽部”に、とにかく毎回が面白おかしければいいという心積もりで書いた、この長編が大好評を博したため、以後乱歩は大衆向け通俗長編小説を書き続けることになるという、乱歩の創作活動における重要な転機となった作品だ。

東京12チャンネル(現・テレビ東京)の 1970年の連続ドラマ「江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎」の第1回が、この「蜘蛛男」だった。私は途中から見たと思うのだが、長風呂のエピソードは原作通りにあった。伊丹十三が蜘蛛男を演じたということは、当時、伊丹十三ならよくテレビで見ていたとは思うが、まったく認識の外だった。このドラマの、小林君と波越警部の娘を従えた明智小五郎が暗闇の中でマッチを点けると、バラバラのマネキンが転がっていて、ビル街をマントをなびかせた怪人が走って去って行くという毎回のオープニングのシークェンスは、この回のものではないかと思うのだが、ソフト化されていないので私には確認は出来ない。

私は乱歩の長編は、春陽文庫で『黄金仮面』、『化人幻戯』、『影男』、『十字路』、『盲獣』、『一寸法師』、『地獄の道化師』、それに中編といっていい長さの(当時の春陽文庫では短編全集の中に収録されていた)『陰獣』、『パノラマ島奇談』、『地獄風景』を 13歳のとき読んで、この 『蜘蛛男』は二十歳過ぎてから、当時出ていた講談社の 1978年版全集で読んだ。そのときの印象、面白いのだが、特に最初の犠牲者が殺されるまでの描写が長くてなまなましいと感じた。このたび再読しても印象は変わらない。従業員募集のふりをして犠牲者を集める蜘蛛男の店を訪れた最初の犠牲者が蜘蛛男に空き家に連れ込まれ、斬り刻まれるのだが、その前に蜘蛛男に、まさか殺害までの意図があるとは思っていない犠牲者が腹を決めて体を許す。当時のこととて露骨な描写はないが、それでも蜘蛛男が情交を遂げた後とはっきり分かる描写がある。殺害でしか快楽を得られないと思われる蜘蛛男だが、普通のセックスも出来るらしい。それはともかく、乱歩の通俗長編でも他には見ないような雰囲気である。次の犠牲者である、その姉は探偵畔柳(くろやなぎ)博士の助手、野崎青年の思慕の対象になったことで、彼女の殺害にはまた別種の無残さを感じさせられる。そして次の獲物、女優の富士洋子をめぐっての物語が後半まで続くのだが、その結末は思わぬものとなる。

乱歩の転機となった長編ということで、なんとなく乱歩の通俗長編の代表的な作品のようなイメージがあるが、あらためて読んでみると、確かに場面場面の蜘蛛男と探偵警察側のやりとり、面白くはあるが、意外に地味な感じがあるし、上記のように、登場する女性たちを殺され要員として、面白おかしく読み流せないような感じがある。そこから思うと、後の『黒蜥蜴』や『人間豹』あたりの長編は、通俗長編として練れてきているというのか、舞台仕立ても華やかになり、単純に面白おかしくどんどんと読んで行ける。大内茂男「華麗なユートピア」では、通俗長編第一作のせいか、後の『魔術師』や『黄金仮面』に較べると、ずっと見劣りがするという評価である。確かに、まだ通俗長編としての仕立て方に慣れていない、試行錯誤という感じもあるかも知れないし、私が勝手に思うのだが、一方で、大衆雑誌の連載とはいえ、単に面白おかしくで済ますのではなく、異常な殺人鬼の生態やその他あれこれを、大衆小説なりに、小説的にちゃんと描こうという意思があったのではないかというような気もする。そして殺人鬼の生態というか、異様さを表すということでは、この作の大きなトリックは、単にトリックの意外性だけでなく、そういうトリックを成り立たせる犯人の異様さを表すのに大きな効果を上げていると思う。


非常に細かい、どうでもいいようなことで読後まだ覚えているのは、撮影所長邸宅の病室にいる富士洋子を狙う蜘蛛男を警戒するため、配置された刑事の一人が外の茂みの中で、季節が 7月なので蚊に悩まされながら、ずっと張っているという描写があること。こういう細かいところまで書いているということは、執筆時の乱歩に余裕があったのか? それから、蜘蛛男の助手となる不良青年の扱いがこの作品の面白さの一つなのだが、終わり近くでの蜘蛛男と不良青年のやりとりによると、蜘蛛男は 49人美女まとめて殺害展示という最後の大事業を遂げたら、思い残すことないのか、あっさり自害するつもりらしい。そして得た金でぞんぶんに遊んだら後を追いますよという助手青年に蜘蛛男が飛行機で中国へ逃げたらどうかと進めるところ、ユニークなくだりではあるまいか。

それはそれとして、おぞましい快楽殺人であるが、最後のこの 49人美女いっせい誘拐殺害計画、物語の途中で蜘蛛男の残した地図から 49人殺害という計画が分かるのだが、時間的に蜘蛛男が一連の犯行を始めてから、49人の蜘蛛男お好みの犠牲者を選び出したという話にはどうにも無理があると思う。かなり前から犠牲者探しをやってないと出来ることではなかろう。それから、不良青年グループを利用した49人美女いっせい誘拐の実行になると、アイディアとしては面白いが、いささかナンセンスな調子を帯びてくる。ナンセンスであると同時に、多数の者が動いて、大規模な犯罪をやらかそうというそのスケールは後の『大暗室』につながるようなものを感じさせる。政治とか宗教とかまるっきり関係なく、思いっきり個人の異様な生物的ともいえる欲望から発した犯罪が、いつの間にか国家を震撼させるような規模となってゆく。

2013.9.2 追記 本作品について持っていた、なんとなく乱歩の通俗長編の代表作のようなイメージは、同時に乱歩の通俗長編の主人公が皆、蜘蛛男のような淫楽殺人者であるかのようなイメージを私に、もたらしていた。しかし、あらためて他の作品を思い浮かべてみると、いかにもな残虐連続殺人が描かれている諸作でも、犯人の最終的目的が淫楽殺人にあるものばかりではないのだった。

|

« 乱歩再読メモ『黒蜥蜴』 | Main | 乱歩再読メモ 短編群、大正14年まで »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/17204/58111068

Listed below are links to weblogs that reference 乱歩再読メモ『蜘蛛男』:

« 乱歩再読メモ『黒蜥蜴』 | Main | 乱歩再読メモ 短編群、大正14年まで »