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乱歩再読メモ『大暗室』

地元では日曜の夕方に放映していた東京12チャンネル(現・テレビ東京)『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』の、テレビ画面でめいっぱい乱歩のエログロ世界を、1970年当時に現代化した上で再現した、このドラマシリーズ、回によって最初から最後まで完全に観たものもそうでないのもあるのだが、この『大暗室』はたぶん途中から観たもので、作中にある大暗室の再現、地下で女体がうごめいているシーンのみ記憶にある。エッチなこのシリーズの中でも、かくだんにエッチだったように思う。もちろん当時のこととて、テレビは居間に一台置いてあるだけである。困ってしまうのである(笑)。

ムック時代の“映画秘宝”、『夕焼けテレビ番長』では「TVの限界に挑む裸女と金魚とフリークスの万華鏡」というサブタイトルで、中村一成という人が、このシリーズを紹介している。金魚というのは何だというと、シリーズの最後に作られて、そのままでは放映されず、後で特番の枠で放映された2編の内の1編(私はこちらは未見)に巨大金魚が出てくるのだという。この記事によると、その最後の2編がカットされた最終回24話が、この『大暗室』を元にした「拝啓地下帝国殿下」だったという(私のあいまいな記憶では、真ん中あたりに放映されたようなイメージだった)。そしてこれは全然記憶になかったが、犯人というか悪の主人公である大曽根竜次は山本耕一、後にテレビ朝日のレポーター「そーなんですよ」で有名になった「山本さん」だったのだ。この時期の山本耕一は、テレビドラマにときどき、こういう風に出ていたように思う。NHKでは夕方の子供番組の時間に同じ時期、火曜日の中京局製作の連続少年探偵ドラマ『5人と一匹』で、父親役で出ていたと思うが、同時にこういう変質大犯罪者役をやっていたとは。

『夕焼けテレビ番長』の前に出た『男泣きテレビランド』では、「夜九時以降のテレビは“独占!大人の時間”だった」という長めの座談会記事の中で「エログロ明智小五郎」と題された章で、このドラマのちょうど『大暗室』に触れている(記事では「地底の密室」と言っているが、サブタイトルを記憶違い?)。鳴海丈という人が〈地底の王様が山本耕一で、裸女を並べてベッドにしている(笑)。〉そこに招待された新聞記者が潜望鏡で見せられた地上の光景を、そこに走っていた自動車のナンバーを、後で明智小五郎が問い、人間は一度見たものは記憶しているはずだという理屈で必死に思い出し、そのナンバーの車がどこを走っていたか調べて地下帝国の場所を割り出すというのが無理有り過ぎというので、笑いのネタにしている。確かに笑えるのだが、このたび原作の『大暗室』を再読してみると、そのエピソード、ちゃんと原作にあるのである。締切りに追われての苦しまぎれの発想かも知れないが、「心理試験」で見るように、人間の深層心理に関しても興味があって当時出ていたフロイトの全集も読んでいる乱歩にすれば、こういうことも有り得る、という思いだったのかも知れない。

原作『大暗室』では明智小五郎は登場しない。明智がいない世界なのにもかかわらず、「第三 大暗室の巻」という盛り上がる長編第三部に入り、大曽根竜次が明智をかたって、上記ドラマのように新聞記者たちを地下に招待するのを、講談社全集の中島河太郎は、明智が存在するのならこれほどの大事件に介入しないわけはなく、不自然であると批判している。確かにその通りで、何を思って乱歩がここで明智の名を出したか(深く考えはなかったのか、一種の読者サーヴィスか)。そしてこの長編では明智が最後まで登場しないことで、作品がきれいにまとまっている(第三部で、正義の主人公側に協力する中村警部は、明智登場作品に登場する中村警部と同一人物だろうか?)。

「深讐面々たる」怪盗と名探偵、乱歩の長編に似合いの言い回しなのだが、私がこの表現を初めて知ったのは乱歩作品ではなく、北杜夫のユーモア小説『怪盗ジバコ』の、乱歩作品をパロディにした一編だった。その「深讐面々たる」という言い回しが特にこの、大内茂男「華麗なユートピア」によると『幽霊塔』と並んで『吸血鬼』の次に長いという長編では良く使われている。珍しく「発端 毒焔の巻」「第一 陥穽と振子の巻」「第二 渦巻と髑髏の巻」そして「第三 大暗室の巻」と分けた構成の「発端 毒焔の巻」、海上を漂流するボートの上で始まるドラマというのも、いままでの乱歩作品にない出だしであり、ここで描かれる復讐劇の発端は、近代的探偵小説が興る以前の長編ロマン(『巌窟王』とか)を思わせる。はっきり言って、そういう古めかしいドラマのままだと読み続けるのがちょっとつらいなあと思いきや、次の「第一 陥穽と振子の巻」ではガラリと舞台が変わり、飛行機曲芸大会という、当時の思いっきりモダンな舞台で、ここで親が仇同士の大曽根竜次と有明友之助がそれと知らずに出会い、大曽根竜次は悪のナポレオンになって東京を火焔の渦に巻き込むという夢を持っているだと、とんでもないことを口走りながらも、それなりに二人がスポーツ漫画のライバル同士のようにさわやかに、勝負の約束をするという光景が笑えながらも、次のページをめくらせる。可憐な真弓をヒロインに展開するドラマは人間入れ替わりの恐怖、乱歩得意のミステリー世界へと移行し、ルパン物をもっと派手にしたような正義と悪の活劇展開で、あげくに題名通り「陥穽と振子」がポーの作品そのままに再現されるという念の入り様、確かにあれはこういう通俗ミステリとか映画におあつらえむけの題材ではあった。

次いで「第二 渦巻と髑髏の巻」では乱歩の通俗長編をすでに何作も読んでいる読者からすれば、またですかーという思いの、レビューの女王が狙われるエピソードなのだが、今回は、赤い渦巻きの賊、大曽根竜次に狙われていることを知った人気歌手の後援会、いわばファンクラブのお嬢さんの面々が登場、ヒロインを守るために知恵を絞るという展開がちょっと目新しい。そして賊の隠れ家での結構派手な結末だ。

そして「第三 大暗室の巻」で、上記のように招待された新聞記者たちが地底のパノラマ女体王国訪問(笑、半裸の天使に人魚に裸体テーブル)があり、都心のデパートの地下に位置し、自爆装置を作動させれば地上が大炎上するという仕掛けになっているが、所在が不明な「「大暗室」の位置を探るため、有明友之助の忠実な下僕、久留須左門老人が知恵を絞るくだりになると、乱歩の怪人対名探偵の通俗長編活劇の世界から一つ踏み出して、例えば原作イアン・フレミングの方のジェームズ・ボンド007の、大災害を起こして国家転覆を企む誇大妄想的大悪人(『ムーンレイカー』のヒューゴー・ドラックス卿とか)の世界に近い(対する有明友之助の方も、規模からすると正義のスパイチームみたいなものになっている)。ただ、違いはイアン・フレミングだと元ナチスがソ連から経済援助を受け……みたいな話になるが、『大暗室』の場合、あくまで個人の夢、作者の乱歩にとっては、すでに何度も描かれた「パノラマ島」の夢のふたたびの焼き直しである。しかし、それが場所と規模をちょっと変えれば、アナーキーな大犯罪世界になるという、そういう『大暗室』の世界であった。この作品が昭和13年に完結して、それから数年後、乱歩の夢のような犯罪者によってではなく、国家間の戦争によって現実に東京が火焔の渦にまかれた……。

通読してあらためて思うと、序章と三部に分かれた(実際の長さからも『吸血鬼』に次ぐという)大長編にかかわらず、各部で大きなエピソードは一つしかないという、エピソードの少なさが意外な印象を受ける。めでたしめでたしでありながら、乱歩の夢もそれなりに描いて(特に大曽根竜次と行をともにする女性が数名いたというくだり)、納得のラストである。


追記 2013/08/11 講談社1978年版全集 p.290 大曽根竜次が新聞記者に言うセリフが面白い。〈なるほど、新聞社というものを、まるで一つの王国かなんぞのように心得て、威張り返っている君らの狭い心では〉

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