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乱歩再読メモ『地獄風景』

決して代表作としてあげられることはないマイナーな中編だが、愛すべき作品、それが『地獄風景』だ。昭和 6年にはじめて刊行された乱歩全集の別冊付録に連載された。中編なので、乱歩の長編を評した大内茂男「華麗なユートピア」には取り上げられていないが、戦後の長編『影男』についての個所で、乱歩が『地獄風景』を『パノラマ島奇談』のファース化と述べたが、『影男』の方が〈数等輪をかけたファースである。〉と述べられている。ファース、つまり笑劇。これは乱歩の回想記『探偵小説四十年』の昭和六年度の項に〈「パノラマ島奇談」をファースにしたような変てこなものだったが、ともかく百枚あまりで完結し、〉とある。また中島河太郎が講談社1978年版全集の解題に引用しているところでは〈ファースみたいなふざけたものになってしまって、犯人当てにはまことに不適当であった〉とも別に述べているようだ。

私が大内茂男「華麗なユートピア」を読んだのは、14歳の秋に春陽文庫で『地獄風景』を読んでから、4年目くらいで、ファースというのはそう言われればそういうところもあるなと思った。だが、読んでいて笑えるというような作品ではなく、普通に殺人が起こって、犯人を探すという小説である。犯人を探す小説ではあるが、たしかに変てこな作品である。しかし大真面目に書かれていると思う。乱歩は連載物については、大抵、その回その回で筋を考えてゆくと書いている。上に引用したようにファースみたいに「なってしまった」のも結果としてそうなったのであって、本作品を読んでみれば分かるが、当初は犯人当て懸賞の趣向が採られた連載にそれ風の謎解きものを書こうとしたのだろうと推測される。

結果としてはファースであり、パロディという用語が広まっている現代の視点から見ると、期せずしてのセルフ・パロディになっていると言って良いのではないか。その結果的なパロディのネタである「パノラマ島奇談」であるが、中一の正月から乱歩作品を読み始めた私が『黄金仮面』に続いて読んだ『影男』が、乱歩のパノラマ島を体験した最初だった。島でなくて『大暗室』風の地下世界であるが、上記「華麗なユートピア」に言う『パノラマ島奇談』のファース化の世界である。当時の地味な春陽文庫は、乱歩の作品は長編全集と称して長編を20巻に並べたものと、短編全集というのが(それより早く、だったと思うが)数冊あった。短編全集の方で春に「陰獣」を、夏に「パノラマ島奇談」を読んで、秋の運動会シーズンに、この「地獄風景」を読んだ。本作品中に登場人物たちが、主人公の大金持ちの「パノラマ島」(これも島ではないが)でお祭りに興じ、その催しとして大砲の射撃大会やらかけっこが行われるので、私はずっと季節は秋の好天の頃だと思い込んでいたが、大人になって再読してみると、こちらは季節は春であった。

この作品を初めて読んだときには、すでに「陰獣」を読み、「パノラマ島奇談」を読み、『盲獣』などは『影男』の次くらいに読んでおり、いろいろな乱歩作品を読んでいたが、それでも冒頭の、大金持ちの主人公が作り上げた遊園地に招待された同好の猟奇の徒(この場合の「猟奇」というのは「猟奇事件」について言うのとはまたちょっと違って、有閑階級の遊び人たちが、覆面舞踏会をしたり、怪しげな映画の上映会をしたりといった刺激的な催しに好んで参加することを言う)たちがプールの中で一人の美少年を奪い合うための二組に分かれて、手つなぎ鬼みたいな遊び?を大真面目にやり始めたのには、あっけに取られた。その後も、その美少年やら男装の麗人とか当時の不良青年みたいなあやしげな連中が、主人公のあやしげな遊園地で耽美的な生活を楽しんでいるうちに連続殺人が起こる。そしてクライマックスはパノラマ国の祭りの中での大量殺人。社会思想社の現代教養文庫から乱歩の『探偵小説の「謎」』という随筆集が一冊だけ出ていて、私はすでに(初夏に)それを読んでいた。「スリルの説」などが収録されており、乱歩の言う高級なスリルについて頭でも分かっていたが、まさに乱歩の説くスリルを実践するかのような、子供の悪ふざけのような趣向での殺人が描かれるくだりは強烈な印象を残した。そしてあっけにとられる結末……。

今回読み直して、基本的な印象は変わらないけど、特に気がついたのはパノラマ国での祭りが始まり、招待された名士たちが半裸か全裸に近い妖精だか何だかそんなものに扮した美少年美少女に導かれて主人公のもとまで舟に乗ったりしてたどり着く、その半裸か全裸に近い妖精だか何だかそんなものに扮した美少年美少女、もちろん乱歩の好むそういう美の表現は分かるのだけど、同時に大真面目に描かれると笑わざるを得ないという、笑えて、だけど分かる、その気持ちは分かるという……愛すべき世界である。

そして、大砲射撃大会の的になって、倒れて転がったままになっている客たちを、殺人事件の捜査を担当した刑事(仮装大会でもあるので、泥棒に扮装している)が上からながめて、呆れ、そしてだんだんと疑問に思ってくる個所の描写が素晴らしいと感じた。チェスタートンの短編を読んでいるみたいな感じがした。

小説冒頭の〈この世には、時々、なんとも解釈のつかぬ、夢のような……〉、乱歩の多くの作品の冒頭部分には、このような魅力的な文章がある。「うつし世」から乱歩の夢の世界へと読者を導き入れる、講釈師乱歩の催眠術のようなものか。あるいは、乱歩の描く犯罪怪奇の世界は、決して突然別世界からやってきた怪物が暴れ回るという世界ではなく、あくまで読者の精神世界の中にあるものを描いている。ふだんは意識されていない、押さえつけている読者の心のミステリーを解き放つ薬か。いい気分でトリップ出来るのが、この中編である。

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