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過去記事を相当削除したよ

ずっと前から、古い記事とか削除して行くと言っていたが、なかなか出来なかった。削除するために、ブログの古い記事を見ながら、1ページに 20件(設定を変えれば 50件)の「記事一覧」をたどってゆくこと自体が面倒くさかったからだが、今日過去記事を見る機会があったので、思い切って相当の記事を削除した。

確かにブログというスタイルは、書き始めるのはたやすい。どんどん書いてゆくことは出来る。しかし、書いた記事を管理するのが面倒だ。最初からコンセプトをきっちり決めてブログを作って、きちんとテーマ別に蓄積して行く。画像もちゃんとジャンル別にアルバムにしているというのならいいが、私みたいに、webページも持っているけど、ブログはどうだろうかと、なんとなく始めて、なんか雑多な記事がどんどんたまって行くというようなブログ、ほおっておけば、検索されてアクセスがある記事もあるのだが、まあいい。

感じとしては、私の更新ペースなら、半年以上前の記事は、もうないものと見て、どんどん削除していっていいかなあという感じだ。今回はそこまで行かなかったが、でも 1年前くらいまでの記事は相当整理した。詩のノートを写したものは、他に持っていきようがないので残しているし、普通の記事も、いくつか残しているが。

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“BURRN!”の レッド・ツェッペリン コンサート・レポートを立ち読み

もう音楽雑誌を手に取ることは、あまりないが、ジミー・ペイジとロバート・プラントの表紙がいくつか並んでる。ドラムス、範馬の血を継ぐジェイソン・ボーナムで再結成のコンサートがあったという。“BURRN!”を、これも 10年ぶりくらい?に手に取って、伊藤政則 のレポートを立ち読み。再結成……どうでもいいとは思っておったが、いいコンサートらしくて安心した。ボブ・ディランが初期に取り上げたブルース「死にかけて」、『フィジカル・グラフィティ』の A面はいいよなあ。……で、今日。

「毎日jp」
http://mainichi.jp/enta/geinou/graph/200801/28_4/
「ジミー・ペイジ:「エリカ知ってる?」に「別に……」 「ツェッペリン」アルバムPRで来日」

……なんや、そりゃ。

〈「再結成ライブに女優の沢尻エリカさん(21)が、交際中のプロデューサー、高城剛さん(43)と訪れたことについて聞かれたペイジさんは、英語で「別に……」と答え、〉

……どういう記者か知らんが、あまりに恥ずかしいだろう。この記事は西村綾乃という者が書いているが、〈「天国への階段」「限りなき戦い」などロック史に残る名曲〉 普通、こういう場合は「胸いっぱいの愛を」「天国への階段」じゃないのか。珍しいヤツ。

「SANSPO.COM」
http://www.sanspo.com/geino/top/gt200712/gt2007121207.html
「伝説復活!ツェッペリン、再結成ライブで16曲を熱唱」

〈「天国への階段」「胸いっぱいの愛を」など代表曲を連発〉

普通、こうだよ。

今回の来日はベスト盤『マザーシップ~レッド・ツェッペリン・ベスト』と『永遠の詩』のプロモーションだというが、2枚組のベスト盤聴くなら、ファースト・アルバムとセカンド・アルバムを聴いた方がいい。この 2枚聴いてダメだったら、そこで終わり。もっと聴きたかったら全アルバム聴くことになる。全アルバムといっても、『永遠の詩』除いて、7枚+ 2枚組 1組。


レッド・ツェッペリンの一連のアルバムがネット配信開始 on リッスンジャパン


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タモリの『戦後日本歌謡史』の思い出

日経関係かアスキーか、どっかのIT系ニュースサイトでタモリの幻のアルバム『戦後日本歌謡史』について書いていて、ブックマークをつけてなかったから、どこだっけと探してみたけど、分からなかった。タモリのアルバムが CDで出るのに、これだけは出ないんだなあという、そういう話みたいだね。

私は、タモリのアルバムでは、これだけをちゃんと聴いてるんだよね。というのは、タモリのアルバムは私にとっては、その頃、LPのアルバム、月に 1枚買えるかどうかという中での優先順位は、わざわざお金出して買うほどのものとは感じなかったから。そうするうちに、この『戦後日本歌謡史』が出せないという話になって、1981年の初夏くらいだと思うが、たまたま“本の雑誌”を買ったら(買ったのは、この一度だけだったと思う)平岡正明が「タモリと巻上公一を応援せよ」とか、そういうタイトルの文章を書いていた。タモリは、この『戦後日本歌謡史』、巻上公一はヒカシューのサード・アルバムの『うわさの人類』について、推している内容の文章だった。ちなみに『うわさの人類』はカルト映画の古典『フリークス』にインスパイアされたというアルバムだが、普通に東芝からアルバムが出ていて、そうやばい内容でもない。

『戦後日本歌謡史』は完全に出なかったわけではなくて、新星堂チェーンでだけ売られていたとか、なんとか、そういうようなことだったようで、私はその頃、一時利用していたレンタルレコード屋で見つけて、借りてきて、カセットテープに取り、よく聴いた。一聴、爆笑出来るというようなものでもないが、繰り返して聞く作品としては、その方がいいのかも知れない。ある程度、その頃までの戦後の歌謡曲を知らないと十分楽しめないかも知れない。

こないだの「なぜか主題歌が思い浮かぶロボタン」同様に、このアルバムのいくつかの曲は、今も雑用しながらとか、ふと頭に浮かんできたりする。

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乱歩「堀越捜査一課長殿」を再読 + NHK「明智探偵事務所」

「日本探偵小説全集」の乱歩編の内容」、収録されている短編「堀越捜査一課長殿」を再読した。この短編は、講談社の全集で大人になってから読んだ。戦後の乱歩は、戦前にエログロな変格探偵小説を書いたことを反省して、海外ミステリの普及に努めた。自分で書く作品も、戦前とは違う、すっきりした作品を書いた。とはいえ、『影男』みたいな、戦後の東京を舞台にして戦前の通俗長編を再現したような長編も書いてはいる。「堀越捜査一課長殿」は昭和30年頃、還暦を迎える頃の作品で、“オール読物”掲載だったかな。今読み返してみると、乱歩が自ら言う変身願望が通俗長編の怪人や少年物の怪人二十面相を生んだわけだが、戦後のリアルな白昼の光の中で、その変装変身の可能性を追求してみたというような作品になっている。銀行強盗の話だ。ちなみに三億円事件が起こったのは、乱歩の死後、2年ほどしてだった。

常にメディアで取り上げられる乱歩作品、私が子どもの頃、大阪万博の年には、今ではとうてい放映出来ない東京12チャンネルのエログロ明智小五郎シリーズが子どもの私を夢中にした(笑)。続いては 1972年の春から半年、NHK、大阪製作だったと思うが、月曜午後 8時から放映、斬新な演出がテレビドラマであった当時、NHKとしてはなかなかユニークなドラマだった。3回目くらいかな、「妖虫」では、お固いNHKがセミヌード、と話題になった。女優が誰だか覚えてないが、単に裸の背中が映っただけだった。オフィス街のビルに事務所をかまえる夏木陽介の明智小五郎と小林青年。近所の吉行和子がママを勤めるスナックが明智探偵なじみの店で、出入りする客たちが青年探偵団として事件に絡む、という話もあった。その中にショーケンもいたのである。佐藤蛾次郎、そして米倉斉加年がいたが、実は米倉斉加年は怪人二十面相だったのだ(Wikipediaにも記述あり)。「堀越捜査一課長殿」は怪人二十面相が起こした事件として、最初の方のエピソードにあった。

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大好きだった「かみなり坊やピッカリ・ビー」 on JBOOK

1960年代の後半、「オバQ」「おそ松くん」のマンガが人気、TVアニメ化して大ヒット、国民的なんとかって呼称がまだ有効だった当時、国民的人気者になったわけで、似たような番組が作られて、その一つが、こないだ書いた「ロボタン」、同じようなギャグアニメで、これは好きだったんだよーと力を込めて言いたいのは「かみなり坊やピッカリ・ビー」である。そのわりには具体的なエピソードを全然思い出せないのだが、とにかく好きだったということだけは記憶にある。

やっぱり Wikipediaに「かみなり坊やピッカリ・ビー」の項目があるが、これはまだそんな詳しくないね。毎日放送で土曜午後 7時30分からだったそうだが、地元ではネット局がなくて、火曜日の午後 4時半からやってた。1967年 4月からの放送とあるが、見始めたのは秋からだった。少し放映時期も遅れていたようだ。ギャグアニメは「オバQ」「おそ松くん」からして大好きだった。学校は嫌いだったので、学校から帰ってやれやれという気分、茶の間のゼネラル製白黒テレビは「ローハイド」をやってるんだよね。「ローハイド」のいつも最後の方、ドラマはどんな内容か分からないんだが、とにかく主題歌がカッコいい。それが終わると「かみなり坊やピッカリ・ビー」というお好みのギャグアニメという、この流れがたまらんかった。だんだん冬になって、こたつにあたりながら、それを見ているというね。

原作がムロタニツネ象だというのは当時から知ってたんだが、掲載誌は、あれも“少年サンデー”だったのか。かみなり坊やピッカリ・ビーは一人用の黒い雲に乗ってて、雨を降らすことが出来る。ワンパクシックスという少年たちが仲間で、五右衛門という泥棒が敵役。

ちょっと前に DVDが出たというニュースは知っていた。

『かみなり坊やピッカリ・ビー』 DVD-BOX

バラ売りの方

『かみなり坊やピッカリ・ビー』 Vol.1

アマゾンの方にはいくつか表紙画像があるが、いかにも当時といった絵ですな。Wikipediaによると、フィルムは所在不明となっていたのが、1990年に毎日放送の倉庫から発見、か。同時に「おそ松くん」「ファイトだ!!ピュー太」も発見されたとある。「ファイトだ!!ピュー太」は同じムロタニツネ象で、続いて放映されたから見ていた。これは“小学3年生”でも紹介されていた。「おそ松くん」も毎日放送だったのか。

その頃、本当にそういうのが好きだったので、小学校低学年の頃は「オバQ」を見終ると、自分が正太になって、その回の「オバQ」のストーリーを反復していた。そのうち、空想の世界が「オバQ」「パーマン」「おそ松くん」とかクロスオーバーのオールスターキャストの世界になって、果ては「キイハンター」とかまで一緒になってたように思う。お姉さんが国際警察の一員で、みたいな(笑)。


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ロボ子のブルマー姿 『ロボこみ』 on JBOOK

「ロボタン」の話を書いたところで……最近のロボットと言えば、そう、ロボ子、ロボ子のブルマー姿ですぜ、萌えーっ。


『ロボこみ』 全 4巻 やぎさわ景一 秋田書店、少年チャンピオンコミックス

2巻表紙

『ロボこみ』 2


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なぜか主題歌が思い浮かぶロボタン

「ロボタン」……。なんか(不思議なことに)リメイクもされてたみたいだけど、私がアニメとかの話をするとしたら、大体がオリジナルのもの(旧ってのはなんだよ)、そう、Wikipediaにもちゃんとあるんですなあ、「ロボタン」が

私の言うのは、1966年秋からかね、1967年の春からのように思ってたが、それから 1968年の 9月までね。その頃、フジテレビ系のネットはなかったが、日本テレビ系の局で金曜午後 9時からやっていた。まあゴールデンタイムなわけだけど、日曜 7時半の「オバQ」「パーマン」に較べると、マイナーというか B級というかそういうイメージだった。「オバQ」とかのギャグアニメが受けてるから作ってみました、みたいな。エピソードは全然覚えてないけど、なぜか主題歌が頭に浮かぶ今日この頃。そういうのってあるよね。それで検索してみたのだが、なんと、原作は森田拳次の原作がちゃんとあったんだね。しかも主題歌、古今亭志ん朝、ボーカル・ショップですぜ。驚き。確かに、名人、志ん朝さん、この頃までテレビの仕事とか結構やってたらしいのだが。財津一郎が声で出演してた、そういえばそんな風なキャラもいたような……。

リメイク版は映画まで出来てるというのも、そんな人気作品だった? 当時はとにかく「オバQ」「パーマン」「おそ松くん」の、あの手の物が大好きで見てたわけだけど……なんかさー、いかにもギャグマンガですって感じの主人公のロボット、お腹のところがスーパー磁力ってのが武器でさ、金属でなくてもなんでもくっつける。で、胸に勲章がついていて、それを自慢する。これが分からん。なぜか、ライバルの幼児がいて、ボッチって言うんだけど、いつも「ラララ、ボッチー」とか歌いながら出てくる。赤ん坊の乳首の形の、吸うヤツがあるじゃん、いつもあれくわえててさ。ことごとくロボタンの邪魔をするというか挑戦するというか。

最後の半年にさしかかった頃から、なぜか内容がギャグ抑えて、ストーリー重視みたいになって、全然つまんなくなったなーってのも印象に強い。

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“SPA!”の「スパマー座談会」を立ち読みした

今出てる“SPA!”( 1月15日号)、特集「[ネットで副業]稼ぐ人はココが違う!」、こういう「ネットで稼ぐ」みたいな記事って、ときどきあるけど、また今さらみたいなこと書いてるんだろうと思いながら、本屋で手に取ってみたが、特集中「スパマー座談会」というのだけは興味あって立ち読みした。スパマーといってもメールより、サイト、ブログの方の話だ。

以前は、このココログの新しい記事を書くたび、怪しげなトラックバックが来たが、最近それがほとんど来なくなって、何か変化があったなとは感じていた。だが、その変化のわけがはっきり分からなかった。その座談会によると、Yahooの検索のシステムになにか変更があって、インチキくさい促成アフィリエイトページが検索に出て来にくくなってるらしい。んで、このスパマー座談会に出るような人は、次の手口に移ってるということのようだ。それまでに怪しげな情報商材とかにひっかかった人も大勢いるんだろうね。

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ダウン・タウン・ブギウギ・バンド on JBOOK

日本ロック史の優れた解説ページを見つけた」で書いたように、1月23日に再発されるらしいダウン・タウン・ブギウギ・バンドのアルバムを紹介する。

ベスト・アルバム『傑作大全集』の年譜によると、1973年 2月に宇崎竜童ソロのステージ、4月にダウン・タウン・ブギウギ・バンド結成。

『脱・どん底』

デビューアルバム。1974年 5月発売。当初収録予定の「網走番外地」は「山谷ブルース」に差し替えになったという。この頃、レコード発売時に歌詞が問題になるアーティストの三羽烏が頭脳警察、あのねのね、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドだったと三橋一夫『フォークってなんだ』日本放送出版協会から 1979年に出た本に書いてあった。

『続 脱・どん底』

『続 脱・どん底』

1975年 2月発売。「スモーキン・ブギ」「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が 1975年春に大ヒット、一躍人気グループに踊り出た。リーゼント、サングラス、つなぎでドスの効いた不良のイメージと「スモーキン・ブギ」などでのマンガっぽいユーモアが受けた。「賣物ブギ」で毒のあるところも見せる。「スモーキン・ブギ」のシングルは 1974年12月発売。「カッコマン・ブギ」とのカップリングの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」は 1975年 3月発売。7月には浅草国際劇場で「納涼夢のツッパリ大行進」というコンサートが行われているが、出演は菅原文太、野坂昭如、黒田征太郎など。この時代の「ツッパリ」のイメージが後世のそれとは、かなり違うらしいことが伺える(笑)。

『ブギ・ウギ・どん底ハウス』

1975年12月発売。「スモーキン・ブギ」と同スタイルの「商品には手を出すな」、んまー、これは渋いよ。「涙のシークレット・ラヴ」というバラードの名曲もある。年の暮れには NHK紅白歌合戦出場。この時代にロック系のアーティストが紅白に出るというのは画期的なことだった。

『G.S』

1976年、GS再評価以前の、GSのレコードがほとんど手に入らないというときに、GSを再現したアルバム。宇崎竜童は大学出てから、歌手デビューするまで C級GSのガリバーズのマネージャーをやってたりしたという。これは角川文庫から出た『ブギウギ 脱どん底・ストリート』という本に書いてあった。

1977年 1月17日「11PM」で宇崎、「俺たちゃカタカナエンカよ」発言。なんか重要な発言だったらしい。1980年代になって「ダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンド」になったときには、えー、何の記事か忘れましたけど、今はロックって言い切れるねと言っていた。

こういうカヴァーのシリーズ物で、『あゝブルースVol.1』から『Vol.3』まであって、今これが一番聴いてみたいのだが、発売延期という。バラードだがロックである、代表曲の一つであり、竜童組でも取り上げられたタイトル曲を含む『身も心も』も発売延期。このアルバムが一番最初に私が買ったアルバム。その次がベスト盤の『傑作大全集』だった。

ベスト盤としては『VERY BEST OF ROCK & BALLADS』という二枚組が出るようだ。

『VERY BEST OF ROCK & BALLADS』


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モバゲーと携帯フィルタリング

流行っているという、モバゲータウン」ですけどね、「J-CASTニュース:フィルタリングで「モバゲー」規制 株価急落でDeNA思わぬ「苦境」」(2007/12/12)なんすよ。ネットでの未成年者等に対してのフィルタリングについては、「webフィルタリング・ソフト」という記事も書いたけど、原則的には賛同する。私の若い頃には日活ロマンポルノは子供は見たくても見られなかったもんだし、そういうのに抵抗はない(笑)。私自身のその頃を振り返っても、どっかから手に入ったエロ本を友だち同士で見たり、家から離れた本屋で買ってきた週刊誌のポルノ小説やエッチ記事を見たりということも、勧められんけど、適当にそういうことはあっていいとは思うが、ネットの場合、適当に、ほどほどにって具合にいかんだろ。だからフィルタリングは仕方ないと思う。もちろん、フィルタリングの内容がオープンに検討され、第三者機関のチェックを受けて、妥当なものと判断されているという前提でだ。

上記の記事中、DeNAは〈青少年保護の為にフィルタリングサービスを普及促進することには賛成〉だが、〈現行のフィルタリングサービスでは、一律で閲覧制限され、社会的に意義のある健全なサイトなども閲覧不可能になることは問題であり、〉、〈 携帯電話業界団体のモバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)の岸原孝昌事務局長も、「『有害サイト』の定義が曖昧で、健全なサイトも一緒くたになっている」と現行のフィルタリングサービスを批判する。〉という、そこんとこ、どうなのってことだ。

DeNAはモバゲー「20歳以上がけん引」「成長維持できる」 - ITmedia News -」(2007年12月18日 17時28分 更新)、〈ただ、モバゲーは「10代のユーザーに広く愛用されている有意義なサービス」であるため、「フィルタリング導入後もユーザーがアクセス可能な状態を達成すること」を今後目指していく。〉これは投資家向けコメントである。

「日経トレンディネット」「ブラックリスト?ホワイトリスト?「ケータイフィルタリング原則化」に備える基礎知識」(2007年12月26日)では、携帯電話会社各社のフィルタリングの実態、取り組みなど取材していて興味深い。この記事の筆者の小学五年生の娘と一緒にモバゲーに登録してみてのレポートは、なかなかジャーナリストっぽくていい(笑)。ナンパメールが来たり、いろいろ、さもあらんといった内容だ。

ここからは、ついでの話だが、私のページのトップページ成年向けマンガについてのコンテンツの目次ページに、Perl CGIの簡単なアクセス解析をつけてるんだけど、先月の初めくらいから成年向けマンガページへのアクセスが、1/4くらいに減ったね。同じ頃、その DeNAと携帯フィルタリングの話が出たから、ひょっとして、私のページもフィルタリングされてんのかなと思ったのだが……上記「日経トレンディネット」記事によると、〈2008年春ごろからの対応となりそうだ。〉なんだね。でも、何か、どっかからのアクセスがフィルタリングされてるのかも。私の成年向けマンガページというのは作家や単行本についてのデータ、雑誌のデータや感想文という文章ばっかりで、最近は 松文館のアフィリエイトで単行本の表紙の画像を貼ってたりするが、それにしても単行本の表紙ってのはある程度の節度はあるわけでね。でも無理して未成年に見てもらわなくてもいいので、もし未成年フィルタリングでアクセスが減ってるのなら、一向に構わない。

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日本ロック史の優れた解説ページを見つけた

“Rolling Stone”日本版「日本のロック名盤100」は、どんなもんだろうね」で書いたように、あの記事にあがっていた 1960 〜 1980年代初めにかけてのアルバムはよく選ばれてたんじゃないかと思う( それ以降の時期は私はロックより女性アイドル、だった)。でも、ああいう記事を参考に「入門」するのってダサい、〈そういう名盤シリーズとか、カタログ本みたいなの頼りに聴いていくってのは違うと思うな。なんつうか、全然ロックじゃねえ(笑)。〉とも書いた。ミステリ小説はまあ、ちょっと初心者向けの本ってのはあるが、大体、サブカルチャー的なものに「入門」とかお勉強みたいなものが必要なのか? 聴きゃ分かるだろ、読みゃ分かるだろ、と思うだが、ある程度読んだり聴いたりして、何か言いたくなったとき、一応歴史とか知っておくと役立つ。その場合、信頼出来る情報に頼りたい。

何が言いたいかというと、日本のロックの歴史を解説した、とても簡にして要を得たページを発見したから、それを紹介したいってことです。

タイトルは「music1」となってるが、「日本ロック通史(第一部 1956〜1978)」、実は『J−ROCKベスト123』(講談社文庫・1996年6月)という本の中にある文章が公開されているのだね。筆者の篠原章という人は大東文化大学の社会科学の先生だが、音楽関係の本も書いている人のようだ。

優れた内容の文章にあえて不満を言えば、〈七〇年代中盤以降の歌謡曲化したフォークを「ニュー・ミュージック」ということもあるが、彼らはロックの相対化とは無縁で、新しいポップへの意志も備えていなかった。したがって、本書では彼らをニュー・ミュージックに含めなかった。〉とある。“ミュージックマガジン”が 70年代まで“ニューミュージックマガジン”という雑誌名だったように「ニュー・ミュージック」という言葉には、そういうポジティヴで〈ロックの相対化によって生まれた新しいポップへの意志とそれを具体化する試行錯誤のプロセス〉があったんだろうけど、著者より 3歳年下の私が 1970年代後半に普通にマスメディアで使われているのを見たり聞いたりした「ニュー・ミュージック」という言葉は、軟弱化してコマーシャルになったフォーク的な音楽をいかにも若者向けの新しい流行の音楽のように装わせて、売りまくろうという魂胆に満ちた使われ方の方が多かったと思う。情けなーくなってしまったフォークの成れの果て、みたいな……具体的にアーティスト名や曲名をあげるのは控えるが、なんでこんな曲が売れてるの?って思いを、ラジオを聞いて、よくしたものだった。

それから、“Rolling Stone”の記事もそうだったけど、1970年代後半を語るのに、なんでダウン・タウン・ブギウギ・バンドの名前が出てこないんだろうなーと思う。1975, 6年頃の日本ロック・シーンを語るには、その前の時代のキャロルに続いて欠かせない名前だと思うんだけどなー……と思って、CDを検索してみたら、一連のアルバムが下旬に再発されるみたいなんで、あらためて紹介記事を書く(なんて書いてますが、聞いてないアルバムの方が多い)。

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模写:堀北真希 2007 01

たまたま 2008年 1月 1日の記事となりましたが、間違いではありません、約 1年遅れ。2007年カレンダーの 1月、2月。

20080101


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