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甲子園の高校野球チアが定番になった頃

甲子園の高校野球チアが注目され出した頃+『おれはキャプテン』 on JBOOKが、確か 1976年の夏の“平凡パンチ”。これは 1979年の夏の週刊“プレイボーイ”。撮影者の名前を見ると、“平凡パンチ”が羽岡昭、餅原毅。この“プレイボーイ”が羽岡昭、なんのことはない、同じ人が撮影してるんだね。

20071029


なんといっても、オオッ、と見てしまうスパンコールつき、レオタード。レオタードという単語が一般に広まるのは、翌年以降の新体操、エアロビブームになってから、この記事に「レオタードの少女が」なんて文句はない。この写真の横の文章は「『ワタシィは愛の水中花』。 スタイルと鮮度は松坂慶子を楽に上回っている。」とある。これは、その頃、松坂慶子が五木寛之原作の『水中花』というドラマに出演していて、その中でキャバレーのバニーガール姿になってたんだね。松坂慶子が歌う主題歌「愛の水中花」もヒットしていた。それを踏まえてのこと。松坂慶子は、そりゃ美人なのは分かるけど、当時二十歳前の私なんかからすると大人過ぎ、って感じだった。今改めて当時の彼女の歳を考えると、ヘタすると、ほしのあきより若い? ってくらいなのだが。

それはともかく、このレオタード姿ってのは、応援に地元でバトントワリングやってるグループとかに頼んだりして、こうなったんだろうかね? バトントワリングなんかだと、パレードなんかでレオタード姿で演じるってのも普通にあるからね。そんな感じじゃないかと思うんだけど。で、応援だから目立てばいい、華やかなのがいいって、こういう風になったんじゃない? でもまあ、こういうのも、この時限りだったんじゃないの? 目立ちすぎだもん(笑)。どうだろう?

20071030


こちらは、その裏ページ。当時としては、こんなもんだ程度に、応援のスタイルというのも確立された感がある。これが 1985年頃になると、同じ週刊“プレイボーイ”でも、足振り上げる女の子の下に寝転がって撮影するカメラマンたちを写して、こいつらはひどい、みたいな正義のマスコミぶった記事になってた。

応援の女の子たちを取り上げた記事として記憶にあるのは、翌年の秋、月二回発行、「実験人形ダミー・オスカー」でおなじみの(笑)小学館“GORO”で東京六大学野球の神宮チアを取り上げたのを、モノクロページで見たことがある。慶応の女の子が、これはスカートと同じ色のアンダートランクスというかパンツをはいて、ウエストコーストのチアリーダー風でしたけど、ハイキックの瞬間を大きく、1ページ大か見開き 2ページかで掲載してましたな。早稲田は白のテニスのアンダースコートだったと思う。こういうのも、どの大学はどういうユニフォームでとか詳しい人はいるんだよね。この記事は保存してない。

“セクシーアクション”なんかでも最初期の頃は、この神宮チアを取り上げたりしてたけど、すぐ撮影出来なくなってますな。恐い応援団もいるみたいで(笑)。そして、1985年頃になると、高校野球の方も上記の週刊“プレイボーイ”の記事状態で。その後、現在に至るまで、どうなってるのかは知らない。

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ニッポン放送でやった小沢昭一、佐藤オリエらによる乱歩ドラマのこと

乱歩『幽霊塔』を再読」で触れた、「ニッポン放送で小沢昭一、佐藤オリエらによる連続ドラマ」について、もうちょっと書くと、ニッポン放送で 1972年の秋から週日の午後 9時45分、10時からの「日立ミュージック・イン・ハイフォニック」の前の時間に放送された連続ドラマで、大体、一つの作品が 2週間から 3週間続くというのが多かったが、その回だけで終わる短編シリーズがあった。キャストは、小沢昭一、佐藤オリエ、他には小山田宗徳や納谷五郎など、その作品によって、キャストは違っていた。最初の『パノラマ島奇談』は小沢昭一、佐藤オリエで、小沢昭一の語りが面白かったような記憶がある。TBS系で「小沢昭一の小沢昭一的こころ」が始まったのは翌年。スポンサーはオリベッティ・タイプライター。翌年春は松本清張の『ゼロの焦点』を、夏は角川書店から出てた日本の民話シリーズの怪談話の回をやった。秋からは再び乱歩物になったが、今度は小山田宗徳が怪人二十面相として全ての作品で登場するという設定の、かなり、はっちゃけたものとなった。『陰獣』とかでも明智と二十面相が対決した。音楽は夏の怪談と二十面相は寺内タケシとブルージーンズがやってて、怪談のテーマの方に使われてたのは「楢山節考」という曲だった。

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続・乱歩『幽霊塔』を再読

乱歩『幽霊塔』を再読」のつけたし。大正時代初期が舞台だが、あまり時代を感じさせる描写はなかったね。人力車が出てきたか。それと、電話じゃなく電報。その頃はよく列車の事故があったと書かれてた。

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乱歩『幽霊塔』を再読

『緑衣の鬼 江戸川乱歩全集』 11 光文社文庫(『幽霊塔』収録)

『幽霊塔』 創元推理文庫

『幽霊塔』 春陽堂文庫


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この記事には、いわゆるネタばらし、ネタばれがある。

梅雨の終わり頃から秋にかけて、江戸川乱歩の『幽霊塔』を再読した。再読というのは、私は乱歩の作品は、13、14歳頃に新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』から始まって、春陽堂の文庫で 1/3くらい読んだ。『黄金仮面』、『化人幻戯』、『影男』、『十字路』、『盲獣』、『人間豹』、『一寸法師』、『地獄の道化師』といった長編、『陰獣』、『パノラマ島奇談』、『地獄風景』といった中編は、このとき読んだ。短編は大半読んだ。私は乱歩の少年物はいっさい読まなかったので、『江戸川乱歩傑作選』が初めて読んだ江戸川乱歩の本だった。乱歩の作品は絶えず、いろんなメディアに取り上げられているが、このときは、春から夏には NHKのドラマで夏木陽介主演の一風変わった明智シリーズがあり、秋からはニッポン放送で小沢昭一、佐藤オリエらによる連続ドラマがあった。そのドラマが続いている正月明けに読んだのだ。残りは 1978年から刊行された江戸川乱歩全集で読んだ。全巻揃えると、屋根裏の絵になるという、あまり私の趣味に合わない趣向の本の装丁だった。デザインは、その前の講談社の全集が、店頭で見ただけだが、あっさりして良かったように思う。

『幽霊塔』は、乱歩の長編としては変わった部類に入る。乱歩のオリジナルではなく、黒岩涙香の翻案だからだ。乱歩が少年時代、影響を受けたという黒岩涙香の翻案は先に『白髪鬼』がある。黒岩涙香は明治時代に西洋の大衆向け小説の翻訳をやった人だが、その翻訳は現在の翻訳と違い、西洋の人名、地名を漢字にあてて、日本化したという独特のもの。外国名に慣れない当時の読者向けの工夫だったらしい。

中島河太郎の解説によると、『幽霊塔』の原作者は不明なんだそうだ。いつもの乱歩らしくない小説ではあるが、最初の方で、これがあの恐ろしい事件の前触れだったとは……みたいな、思わせぶりな語りを繰り返したりするところ、また、不気味な事件が起こる前触れのような、春の生暖かくて、どんよりと曇った日の描写などは、まさに乱歩である。涙香の方の『幽霊塔』は 1974年頃に NHK FMの「朗読の時間」で聞いたような覚えがある。聞いてても、文語調で、外国人の名前の登場する物語は、大半どうなっているのか分からなかったが、でも無事物語はハッピーエンドで終わったらしいのは分かった。もしかしたら NHK総合の「日曜名作座」でもやったような気もするのだが、記憶があいまいだ。

豪商の宝が隠されているという長崎の田舎の、時計塔のある屋敷と、塔の秘密を解こうとする謎の美女をめぐる物語。まだ本格的探偵小説が生まれてない時代の波瀾万丈のストーリーは、部分部分のスリルとサスペンスを生み出す出来事に力が入れられている。途中で警察の名探偵っぽい人が登場はするが、あまり活躍しない。しかし、解決しそうにない事件は、解決するべくして解決する。見事にハッピーエンドになってしまう。謎の美女が、本当にクールな謎の美女で、一方、主人公が嫌っている、幼い頃からいいなずけにされている親戚の女が、嫌な女で、主人公が本当に心底嫌っているという描写(この小説は一人称の語りだ)が笑ってしまう。怪しいヤツは、いかにも怪しい。

最初に読んだとき、印象に残ってるのは、屋敷の中にいきなり虎が出てくる場面だが、やっぱり、この場面は面白い。首のない死体もだが、列車事故が起こるところなんかも驚くね。蜘蛛屋敷は、半分がた日本家屋だというのが面白い。涙香では神秘な術のようにされていたらしい変身術は、整形手術とは違うとマッドサイエンティスト風な登場人物が語っているが、やっぱり整形手術だろう。超整形手術とでも言うか。クライマックス、時計塔の中に彼女を追って入るシーンは閉所恐怖的な恐さがある。なにせ、内部の最初の部分に入って、12時間動けないのだ(オシッコは?)。思い出したが、ここで激しい雷雨があるなんてのも迫力だった。大正初期が舞台の長編だ。

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甲子園の高校野球チアが注目され出した頃+『おれはキャプテン』 on JBOOK

1980年代初め、新体操ブーム、エアロビクスブーム、かたや『アクション写真術』ベストセラーとかあって、“セクシーアクション”発刊、はては“投稿写真”へとつながる流れ。新体操、エアロビクスだけじゃないでしょ。こういうラインもあるねというのが、高校野球チアリーダーだ。その頃日本ではチアガールと呼ばれることの方が多かったが(「GOGO! チアガール」というドラマもあった)、「チアガール」にはスラングで良くない意味があるらしい(Wikipediaにも、ちゃんと書いてるね)。

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“平凡パンチ”……と言っても分からなかったりして。1960年代から 1970年代の若者文化を象徴するような雑誌。この雑誌が受けて、続いて集英社から週刊“プレイボーイ”が出た。1976年の八月終わり頃の号、後ろの方のグラビア(ひょっとすると 1977年という可能性もある)。甲子園のチアリーダーなんだが、上はテンガロンハットにTシャツ、ブルマーに、簡易なビニール製スカートくっつけてるだけという素朴さ。テンガロンハットもビニール製みたいだ。

20071020


これは同じ記事の 3ページ目。トレーナーにテニスのスカート、アンスコ。こちらも素朴。左下に申し訳に応援団の男子が。甲子園チアって、いつ頃からいた? 研究してる人はいるのだろうか? 『巨人の星』の頃にはいなかったんじゃないかと思うのだが。テレビアニメの方、オープニングで出てくるの応援団だけだもんね。この記事の取り上げ方なんか見ても、この頃が注目され始めた最初の頃じゃないかと思うのだが、どうだろうか? 演じる方も、撮る方も初々しいような頃?

テニスのスカートにアンダースコートをチアリーディングに使ったってのは日本独自じゃない? UCLAのチアなんかの正式な?チアリーディングはスカートと同色のアンダースコートを着用するらしい。その頃、講談社から出ていたスポーツのコーチ本シリーズでチアリーディングがあって、それに書いてた。あれは一見ブルマーと同じじゃないかと思うが、その本では「アンダートランクス」と書いてあった(チアガールに良くない意味があるというのも、この本に書いていたような……)。

テニスのスカートにアンダースコートチラチラもいいが、それより私はブルマーがいいね。高校野球はブルマーで応援、いや、出場校の生徒は応援時に制服着用ってことになってれば良かったのに。当然、女子はブルマーで、それに、上の写真に近いような、自分たちで工夫した衣装をつけることのみ許可ってことにすれば良かったのに。教育の一貫として、学園祭、体育祭と同じノリね。金もかからんでよろしい。

甲子園といえば、現在、(前代未聞の)夏の大会真最中なのが、『おれはキャプテン』、くたばれ体育会、だ。

『おれはキャプテン』 13

コージィ城倉、チアリーダーには興味があっても野球に興味のない私が毎月“マガジンSPECIAL”で面白く読んでるマンガだ。


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古典の研究

美術館行って名画を複写してくるのと、古典の研究するのとでは作業の質としては違うよな」。めったにつかないというか、このときで、まだ 2回目か。コメントがついてますけどね。「通りすがり」という方は、私がニフティに加入してパソコン通信を始めた頃にも名前をお見かけしたから、よっぽどネット生活の長い方なのだ。

少なくとも、古典の研究を全世界で続けてる方々がいる、日本にもいるから、私なんかでも、例えば注や現代語訳を便りに、小学館の古典文学全集とか岩波文庫とかで、活字になった日本の古典をなんとか読むことが出来るんです。古典絵画や彫刻は見ただけで分かる? 研究者の言うことを一から十まで頭に入れて、それで観賞してますって言うのは論外だが、まずは自分で味わい、感じてみるにしても、研究者の解説が観賞と理解を深めてくれることは言うまでもない。もちろん、そういう翻訳作業みたいなことや解説というのは、古典研究の学問の成果が素人に分かる形で表れるというごく限られた場面である。自分にとって何をやってるのか分からないから、どうでもいいような仕事だろうというのは、文化というものを軽んじているのではないかなあと思える。

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“GANG”と“セクシーアクション”

そんなわけでミス日本の「桑原順子という人が新体操のリボンを振っていた」新体操ブームとかエアロビクス・ブームみたいな時代になって、一方で馬場憲治『アクション・カメラ術 』がベストセラー、そんで、こりゃ売れるってんで、エロ雑誌のヴァリエーションとして、“セクシーアクション”が登場した、という流れだと思う。

それ以前からサン出版には“GANG”ってエロ雑誌があって、“セクシーアクション”は最初この雑誌の増刊で出たってことでいいようだ。1981年夏。

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これがその“GANG”、うちに一冊だけ、ちゃんとした形で現存するもの。1982年の 4月号だから、ちょっと時期は遅い。ヌード、セーラー服、レオタードとか。まあそこそこの水準。絡みものはない。アクション写真ぽいのもある。25歳の男の1年間の芸能人オナニーネタ日記とか。蛭子先生の不条理エロ?マンガとか、劇画時代だけど、かなり絵が洗練されてきた中島史雄の短編「アコのあこがれ」とか、杉森昌武の毒のあるパロディ記事とか、南伸坊は、もうこの頃はかなりマイナー有名人になってたと思う。カラー1ページで、中学生女子のオナニーの悩みに答える絵と文章の遊び記事を南伸坊が作ってる。エロ雑誌関係でいうと、当時は白夜書房が、エロ・サブカルチャーぽいノリで、マイナーな中のメジャーみたいな存在だったが、サン出版はまた、白夜書房とは一味違った風だったような。中島史雄といえば、今は私はページを作っているほどの読者だが、当時はエロ劇画はほとんど読まず、まったく知らなかったのだ。この作品も、当時は関心がなく、久保書店から 2000年に出た再録作品集『少女狩り』に収録されてるのを読んで、その後で、この雑誌に載ってたのに気づいたんだと思う。


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こちらは、1981年夏の“GANG”裏表紙の“セクシーアクション”の広告。宣伝文句「ギャングの次にヤラシイ!」ってのが笑える。いかにもの写真でありますが、当時は、こういう写真でオオッ、よく見つけて撮影したなあと感心したものでした。二十歳過ぎてたけど、“漫画アクション”連載「昭和の中坊」の連中と大差ないという……。この号の“GANG”も、確かブルマー特集だったんだよね。で、読者の手記で年配の人の投稿があって、若い頃は周囲がちょうちんブルマーだったので、最近の露出度の高いブルマーより、ちょうちんブルマーの方が昂奮すると書いてあって(確か嫁さんに着せてるとかじゃなかった?)、そういうもんかと、性の深遠さに思いを至らされたものだった(笑)。

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「旬の話題ブログ」というので紹介されていた

さっき、ココログのアクセス解析を見たら、こないだ書いた「桑原順子という人が新体操のリボンを振っていた」の記事へのアクセスが、棒グラフが、こう、横の方にえらく伸びてて、統計中の他の記事の 200〜400倍もあるので(他の記事へのアクセスは 1か 2なので、つまり 400アクセスあるということ)、どっかで紹介されたのかなと思って、リンク元を調べたら、http://www.nifty.com/ 「旬の話題ブログ」というコーナーの、10月16日 14:00更新の枠で「亀田父、処分決定後コメント…大毅の処分は重い。」とか「肉球クリーム☆こっそり使ってみたら…「おおっ!?」」などという記事と並んで紹介されていた。スタッフの方からコメントもいただいている。へえーっ……って感じですな。

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新体操ブームと馬場憲治『アクション・カメラ術 PART 2』の頃

桑原順子という人が新体操のリボンを振っていた」、1980年頃から新体操がブームになって、レオタードという呼称が一般的に認知され、エアロビクス・ブームでもあって……と、あの頃のことに思いを馳せると、同時にその時代は、エロいこと大好きな野郎たちにとっては、アクション写真ブームの台頭という時代であったなあと、しみじみと思うわけです。

そもそもが「アクション写真」とかいう呼称が、まあ、そういうパンチラとか着替え覗きとかテニスのアンダースコートが見えてるところとかブルマーとか、そういうものを目当てとした写真である、というニュアンスを持つようになったのは、この本からでしょうね。ワニブックス『アクション・カメラ術』馬場憲治。これはベストセラーになった。こんなページがあったよ。「ゲンダイネット」「【あの人は今こうしている】アクション・カメラ術がバカ売れした馬場憲治」この記事読んで思い出したけど、この人、石川さゆりと結婚してたんだね。

んで、日頃、ブルマーだ、レオタードだ、女子体操の誰々がどうとか、このブログで言ってる私にとって重要なのは 1981年 5月 5日刊行『アクション・カメラ術 PART 2』の方ね。

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この本でも、表紙を見て分かるように、半分以上は、海辺の水着や街中のスカートからパンチラがターゲットなんだけど、同時に 2章、3章でセーラー服、ブルマー、女子体操、テニスといった被写体が取り上げられた。

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これは、2章にあたる部分の扉的 2ページ。そりゃ、中学高校時代と、身近にブルマー着用女子がいた私ですが、こんなに鮮明に、まじまじと、誰にもとがめられずにブルマー姿の女子を、思うまま眺められるなんて、初めてでしたからね。そりゃインパクトあった。でも、後になって考えてみると、こういうのって、あれですな、そりゃまあ、「こういう本用の写真なんだな」というのが、だんだんと分かってきましたが。それでも構わないようなきれいな写真ではある。ブルマーが数ページ分、あとレオタードとか、ジョギングパンツ、テニスのスコート姿などいくつか。写真のページが左右 2ページに、次に文章ページが 2ページ。だから、案外に文章の多い本でもある。文章では、こういう写真をどういう風に撮影するかとか、まあいろいろと書いてある。今、見返して笑えるのは、後半の方で、ギターのケースに仕掛けるとかのスカート覗き用カメラの仕掛けを、図解してあるページがあること。当時でも、もし実際にそういうこと実行して現場抑えられたら、もちろん犯罪。今なら、もっと大騒ぎである。でもまあ、こういう本のネタとしてあった時代。最近でも、携帯電話のカメラのシャッター音を消す方法とかあるね。

今思うのは、こういう本が企画で出て来るってことは、ポッと出で来たというのじゃなくて、アンダーグラウンドでは、これより先に、そういう写真を撮って、密かに楽しんだり、写真を見せあったりしてる好事家はいたんだろうし、エロ雑誌などでは、これに先んじたものがあったかも知れないなあ。

永井豪の『ハレンチ学園』やガソリンの「オーモーレツ」の ミニスカートがめくれる CMが話題になったのが、1960年代末。その時代がどういう時代かというと、下着がズロースと呼ばれる、でかいものから短いものになって、それをミニスカートでぎりぎりに隠すという、そういうファッションが確立された時代だと思う。同時に、ショーツ型のブルマーも普及した。「アタック No.1」や「サインはV」に見られるように。

これは大学の卒論らしいが、「パンツの歴史」。「これまでの大きなパンツでは、パンツの下端が日常的に露出してしまうという理由から、股ぐりを深くした小さなパンティの需要が増大したのである。」なるほどね。

で、そういうパンティを見て、子供たちはすぐに、スカートめくりを実行したけど、これは『ハレンチ学園』の影響……でいいのか? 一方で、野郎たちの、そういうものに対してアンダーグラウンドでのアプローチが、1970年頃から 1980年頃までにあって、それが 1980年になって『アクション・カメラ術』で表に出てしまったということだろう。私のページにも書いてるけどさ、こういう本が出て、「なんだ、ブルマーやレオタードをエッチな目で見ている男って、けっこういるんだなあということが初めて分かった」、おお、同志よ、感激だ、We are not alone フェチとの遭遇、なんていう当時の私のような男も多かったと思うし、そっからワニの本の会社は、そのものの「アクションカメラ」って雑誌を出したりしたし、サン出版の“セクシーアクション”、そして“投稿写真”という流れが起こってくる。同時に、そういう本や雑誌がいったん出た以上、そりゃ、あなた、中学生高校生の手に入ったら、学校で回し読み、女子の知るところとなると、今まで漠然と恥ずかしかったブルマー姿が、具体的に男のスケベ目線というのが、雑誌で解説されてるようなわけだから、当然、ブルマーへの拒否的傾向ってのは高まっていったんだろうなあと推測される。

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ぶんか社から文庫で『ワイルド7』 on JBOOK

先に『新ワイルド7』が、ぶんか社から文庫出てますが、オリジナルの方が新たに文庫になり始めたみたいですね(新たにってのは、「新ワイルド」連載時に徳間から文庫で出てたから)。私ゃ、『ワイルド7』だけは「新」とか「続」とか「2」とかならないだろうと思ってましたけどね。それが、あんた、1987年の正月(正確には 1986年の暮れ)から徳間書店の“コミックバンバン”って雑誌で連載開始ってんで毎号買いましたよ。こないだ、ディープ・パープルが 1980年代の中頃になって第二期のメンバーで再結成した 2枚めのアルバム“HOUSE OF BLUE LIGHT”を SonicStageでパソコンに取り込んで、ひさびさに聴きましたけどね、そりゃ、あの第二期のメンバーがやってるわけなんで、それだけのクォリティーはあるんだけどさ、なんで今っていうか、感想を言葉にしづらい、そのしづらさってのは、同じ頃始まった『新ワイルド7』と共通するものがあるなあと思ったわけです。とにかく私は、いつでも望月三起也の、まったく新しい作品を待望しているのです。

『新ワイルド7』のさらに後に、『続・新ワイルド7 野獣の紋章』が雑誌の増刊スタイルで出て、これが 3作あるんだけど、最後の作品だけ入手出来なかったのだが、これが単行本にならなかった。ぶんか社の文庫版『新ワイルド7』が良かったのは、最後に、この『続・新ワイルド7 野獣の紋章』を、未刊行の作品を含めて、1冊にして刊行したこと。他は私は、みんな単行本で持ってるので、これだけ文庫で買った。文庫で「ワイルド」読んだ感想は……私は普通、マンガの文庫で、文庫だからそう見づらいとか、小さいとか、そんなに感じることはないんだけど、「ワイルド」だけは文庫ではつらい、と思う。あの迫力、あのスケールが……。でも、まあ全然本がないよりは、ずっといいのである。ちなみに以前も紹介したが電子データにも、ちゃんとなってて楽天ダウンロードとかで読める。


『ワイルド7』 1 野生の7人編


表紙画像はないのでテキスト版のリンクだけ。愛蔵版は、ちょっと前は店頭に並んでたのを見たが、さすがにもう品切れみたいだね。


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「Web漫画アクション」というのもあった……『真・異種格闘大戦』 on JBOOK

昨日書いた「タダで読めるなんて、フツーないっつうの!」、“COMIC SEED”の名前をあげていて、同じ双葉社の「Web漫画アクション」を、コロッと忘れてましたけどね……なんとなく、私から見ると、同じようなもんだろってのがあって……ここも、こないだから“COMIC SEED”スタイルになった、見やすくなった。雑誌で載ってる連載の 1話と、前号からセレクトしたもの、これが今見ると八月薫が読める、今のうちだけだと思うけど、これはちょっとおいしい。看護婦さんとの回、子供は見ちゃダメよ。それと、雑誌には載ってなくて、webだけの連載というのもあって、どれも元は雑誌に載ってた作品だけどね。相原コージの「真・異種格闘大戦」は毎回楽しみにしてる。さそうあきらの「マエストロ」は雑誌に載ってたときは、ちゃんと読んでたんだけど、でも真っ先に読むってタイプのマンガじゃないから、web連載になったら追えなくなった。

こういう有名雑誌のサイトって、そんなに見ますかね。雑誌なら読むけど、ネットにアクセスすると、見るものいっぱいあるし、私がインターネットの webを見始めた頃、1998年ですが、すでに有名マンガ雑誌の公式サイトは、いくつもあって、少し見てみたけど、ほとんど魅力を感じられなかったので、以来、特別なことがないと見に行くことはないですな。ネットでは、もっとパーソナルなものが優先されてしまうね。


『真・異種格闘大戦』 1 相原コージ

『真・異種格闘大戦』 1


この本って、500円の B6判のヤツだと思ってたら、そうでなくて、900円なんだね。


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タダで読めるなんて、フツーないっつうの!

これは“コミック・ガンボ”「GUMBO」というサイト。名前は見たたことあるが、さっき検索してみて、どういうサイトか分かった。この雑誌は首都圏でタダで配ってるんだと。もちろん、web上で掲載してあるものもタダで読めるらしい。タダだけど会員登録してログインする必要がある。有名どころでは江川達也、俺がよく読んでた、すねやかずみや川口憲吾の名前もある。講談社と関係あり? 渡辺電機(株)もいるね。

なんで、検索してたかというと、ココログのアクセス解析で、このブログを検索してくるのに、相変わらず「漫画 タダ」とか「タダで読める」とかいう語句が繰り返し見られる。私が web上でフリーで読める“COMIC SEED”や、こっちは会員登録必要な“Moura”の“Michao!”について書いたからだが……現在、金取って売ってる雑誌のマンガがタダで読めるなんて、フツーないっつうの!

“COMIC SEED”みたいな、web上ではフリーで読めて、本にして売るというスタイルが、もっと広まればいいとは思っているが(マンガだけじゃなく、活字とかも)、現在そういうものは、ごくごく少数の例外だ。または、雑誌のプロモーションで 1話だけ公開してるとか。電子書籍のお試し版で最初の数ページだけ公開してるとか、そういうもの。携帯電話向けの電子書籍で『エイケン』や『ゾクセイ』もあるけど、タダで読めるのは『エイケン』の一話の、伝助が東雲さんとぶつかっって、おっぱいムニュムニュのところまでとか、その程度のもの。

それ以外でタダで読めるっつうのは違法だろ。あ、そうか、こういうエントリーも書いてた。「タダで名作マンガが読める、ゆゆしき問題だ? または『ドリル園児』 on JBOOK」。おおひなたごう先生が、プロの漫画家として、ネット上での違法なマンガ流通に関しての危機感を表明している文章を読んで書いたものだが、私自身は、そういう海賊版とか不正コピーとかを入手したいという気が、かねてから、まったくない。好きなマンガや音楽やゲームを、そういう不正な手段で手に入れて、天に恥じないという心持ちが分からん。私の思いとしては、そういう不正な流通によって作り手側が損失を計上している部分というのは、もともとが、たまたまうまく行って思ったより儲かってました、みたいな「あぶく銭」の部分なんじゃないかなーと、何の根拠もなしに、大部分の人は、私と同じように、不正に作品を入手して済ませたりはしないだろうというという思いから、言ってみる。


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桑原順子という人が新体操のリボンを振っていた

“スポーツアイ”が創刊される前にあった、似たような雑誌のこととか」で書いた、なんだか新体操が注目されるようになったなあと私が感じた最初の頃が、その名前不明の雑誌の太田倫代、山崎浩子のグラビアに続いて、その秋、郵便局で見つけた、これ。

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これは、クリアファイルに入れて保存してある。このシンプルな無地のレオタード、なんか、NHK朝のテレビ小説とか、ああいう感じの真面目で明るい表情、それほど新体操選手としてシェイプアップしてなさげなボディーが。それはいいんだけど、なんでいきなり新体操なんだって感じはしたな。そもそも、この右下にある名前の「桑原順子」って誰? って、ずっと思ってたんだよね。27年間。アイドル歌手か女優として売り出そうとして、何かの事情でそのままになっちゃった、みたいな人かな? とか。

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んで、今この記事書くついでに、Googleで検索してみたら、なんと 第12回目、 1980年度のミス日本だというじゃありませんかい。参考「スポニチのミス日本のページ」。27年ぶりに疑問が氷解したという、インターネットの知の営為(笑)。ミス日本、山本冨士子がそうだってのは聞いたことあるように思うが、それが 1950年で、1968年に復活して今まで続いてるんだってのも、このページで初めて知った。それはいいけど、良く見たら、12回目も 翌年13回目も桑原順子なんだね?

こういうので、なんでいきなり新体操なんだってのは、まあ、あれですな、いきなり水着ってのはどうかっていうような媒体でも、同じ水着に近いような格好でも新体操なら、スポーツの演技中ってカッコウがつくからねえ。それが歓迎されたってのはあると思う。


こっちはおなじみ、1982年の東映戦隊物「ゴーグルファイブ」、おなじみの大川めぐみ=桃園ミキ、ゴーグルピンク、オープニングテーマのところだね。『スーパーギャルズメイト37』宇宙船文庫、朝日ソノラマ 1985年頃に出た本の p.51 いかにも新体操ブームって感じでしょ。

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“スポーツアイ”が創刊される前にあった、似たような雑誌のこととか

“スポーツアイ”は 1980年代の中頃創刊で、2003年頃まで出てた。思えば雑誌が出てた時期は“投稿写真”と、その後継雑誌“Top Speed”と重なってるのだよね。


“スポーツアイ”よりは“ナンバー”の創刊は早かったよね? “ナンバー”が出たときは、こういうスポーツ・ジャーナリズム? そんなの売れるのかと思ったが、今まで続いている。 “ナンバー”がスポーツ・ジャーナリズム、写真にしろ、文章にしろ、一流出版社でインテリが作ってます、というような誌面なのに対して、“スポーツアイ”はレディコミ出すような、聞いたことない会社が作ってて、ミーハー向けというか、読者目線というか、雑誌が取材してるような、高校、大学のスポーツ部員向けというか、そういう内容だった。“セクシーアクション”の情報ページに“スポーツアイ”を紹介する記事が載ったことがあって、“セクシーアクション”を限りなく上品にして行けば“スポーツアイ”になるというようなことが書いてて、笑ったことがある。

“スポーツアイ”が創刊される前に似たような雑誌があったのを覚えている。雑誌名も思い出せないんだけど、日本がモスクワオリンピック不参加を決めたっつう、今から思うと信じられないような 1980年の夏、買って読んだのは覚えている。出版社もメジャーな、一目見て覚えられるような会社じゃなかったと思うが、“スポーツアイ”と違って、読み物ページのようなものがあったと思う。記憶違いでなければ、赤塚不二夫がエッセーみたいなものを書いていた。

その雑誌で一番印象に残ったのは、山崎浩子とその先輩の太田倫代の演技が真ん中の方に、見開きで載っていたこと。新体操という競技があるのは知ってたけど、一流の選手が演技している写真てのは初めてだった。もちろん、山崎浩子の名前を見たのも。その頃から新体操がやたらとマスコミにクローズアップされるようになって、広告宣伝などでも新体操を演じるのが流行った。今から思うと、1984年のロス五輪で新体操が正式競技に採用されたこともあり、山崎浩子などのスター性のある選手もいて、新体操をもりあげようってことで広告代理店とかが動いてたんじゃないかなーとか思うのだが、どうだろうか? とにかく、例えばテレビ情報誌などでも新体操の中継が記事になって、山崎浩子に続く選手は誰だ、みたいな感じで東京女子体育大学の選手たちなどが紹介されたりしていた。一方ではエアロビクス・ブームというのも同時にあって、それまで大半の人は名前を知らなかったと思う、あの水着みたいなのは「レオタード」と呼ぶんだということも知れ渡った。

その名前不明の雑誌の山崎浩子と太田倫代の、でかいグラビアを見て、おおっと思って、このブログに女子体操選手の模写の絵を描いたりしている私だから、そのページを保存してあるのかと思えば、そうではないんだよね。最初は「おおっ」と思ったのだが、どうも見ていると、あの新体操とか、シンクロナイズド・スイミングとか、スポーツに舞踊的な要素が高くなるに連れて、髪の毛ひっつめてだんごにして、体の露出度は高いのに、なんか男目線を拒絶してるようなところがないですかね。応援席の、お姉様がんばれ的な応援とか、少女漫画っぽい似顔絵イラスト描いたりするような女性ファンのノリとかね。あと、演技中の笑顔がなんか好きでない。あれは、本来笑顔を作るような状況でない、筋肉に力が入って、神経集中してるときに無理して作ってるのではないか。そういう不自然さが感じられて、どうしてもなじめない。女子体操のフィニッシュが決まって、ポーズして笑顔がこぼれるのなんかは、実に自然なんだがね。加えて、その不自然笑顔で、団体の競技者が一糸乱れず、同じ動作で並んで入退場してるのなんかがねえ、どうもなあ……ああいうの受け入れられないのだ、私は(それに加えて、スター選手もいなくなった近年の異様な濃い化粧とか、スカート付きレオタードとか……ブツブツ)。

有名人になって「クイズダービー」なんかにも出てた山崎浩子、あれはまだ 1980年代だったか、「元気が出るテレビ」で山崎浩子が演技してるそばで、リカちゃんのフィギュア持ってる宅八郎が、なんかうろうろしてるって企画があったよね、あれは、たまたま見たけど、笑った。

日曜の夜の、たけしのトーク番組だったと思うが、山崎浩子が出て選手時代のことを語っていて、とにかくコーチにボロクソに言われるという。そして、練習で心身ともにヘトヘトになったときに、コーチが、私はお前のことを本当に思っていて、だからあんなに言うんだよと、優しく語るんだそうだ。SMぽい支配の仕方というか、なんかの洗脳みたいというか、そんな風だよね。そのうち、山崎浩子は、高い壷を売りつけたりする宗教の方に行ったりしたようなので、さもありなんと思ったものだった。

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デレがない二人、『アイホシモドキ』 on JBOOK

8月に一度、紹介したんですけどね「そっくりの二人『アイホシモドキ』 on JBOOK」、昨日“少年チャンピオン”の単行本広告を見て、ハタと気づいた。記事中で 3巻完結と書いてたんだなあ。記事を修正とともに、もう一度紹介、これが最終巻 4巻。

『アイホシモドキ』 4

e-hon、amazon.co.jp、楽天ブックス、bk1 も、どうぞ。

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