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流行っているという、モバゲータウン

流行っているという、モバゲータウン。テレビのコマーシャルは見たことないのだが、確か、一度、ちょっと前、半年にもならないと思うが、“少年マガジン”の表紙裏に広告が載ってたのを見たと思う。なんだか、いろいろゲームが出来るみたいで、私はゲーム機持ってないし、パソコンとケータイで、ほんのちょっと、たまにやる、くらいなんだが、嫌いではないのだ。ちょっと面白そうだなとは思った。同時にケータイのゲームサイトみたいなのが、こういうところに広告出すのか、珍しい、とも思った。

モバイル魂 − 携帯業界のニュース・マーケッティング研究ブログ」の「【モバゲータウン解説その8】SNS系機能のまとめ」など、一連の記事、及び、記事中で紹介されていた IT mediaの記事やブログを興味深く読んで、モバゲータウンがどういうものか、参加者層がどういうものか、少し分かってきた。

SNSについては、私は全然中身は知らないが、聞くところによると、日記を読んだり、足跡をつけたりという、そういうサーヴィスのシステムのシンプルなものは、以前からあった。私は 2000年頃、1年くらい、ガイアックスの提供しているコミュニティーサイトというのに、1年くらい参加して、ときどき日記を書いてみたりしたが、そこにも、シンプルなシステムはあった。また、その頃から、ポータルサイト、インフォシークとか、今はないライコスとかが、ユーザー登録して、プロフィールを登録して、やはり日記を書いたり、誰かがプロフィールを見に来たら分かるとか、メッセージが伝えられるとか、そういうのがあった。しかし、コミュニティーサイトは、今ならパソコン買って、ネットにつないで、じゃあブログでも書こうかというような層の人達が多く参加しているように見受けられた。一言で言って、魅力のあるコミュニティーはなかったし、ポータルサイトのそういうものも、サーヴィスを生かして使いたいようなものではなかった。

一方、モバゲータウンの一つの特色であるらしいアバター、これもその頃から知っていた。コミュニティーサイトで、そういうもを売りにしてるようなところもあったし、最近ではブログのプロフィールの場所に、アバターが表示出来るようになってるのもある。しかし、これを使ってる人のブログを見ても、それが生かせてるというようなのは、私が見るブログでは記憶にない。ブログの内容で、いい歳のオッサンが書いてると、はっきり分かるようなブログが、可愛らしい女の子のアバターを表示していて、苦笑してしまうのがオチだったりする。あれって自分の分身ってことだろ、一応。

SNS、そしてSNS+アバターのモバゲータウンが、十代の参加者を中心にヒットしているということは、ここに来て、やっと、そういうものが本当に大歓迎される層に提供出来たということかな。


『モバゲータウン ガイドブック+アバターアイテム』 ソフトバンククリエイティブ 580円

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タダで名作マンガが読める、ゆゆしき問題だ? または『ドリル園児』 on JBOOK

おおひなたごう先生のブログ「SILVERY NOTE」で「「世界の図書館化」を考える」という、真面目な一文が。なんでも、宮台真司がポッドキャストで喋ってたんだそうだが、インターネットで「世界の図書館化」が進行するという話だ。マンガなんかも、どんどん電子化、それは最初は作品の権利を持った出版社が電子化して、その権利を所有してるのだが、その不正コピーを防止する仕掛けは破られて、自由に流通してしまうだろうという話らしい。ごう先生は、現在の作品が不正に流通することでなく、〈膨大な過去の作品が無料で誰でも読めてしまう…〉〈そうなるとユーザーはわざわざ高い対価を支払ってまで新作を読むということをしなくなる。〉という点に注目している。〈これは我々現役の漫画家にとっては非常にゆゆしき問題であると言えよう。〉『ドリル園児』のセリフのごとく、「ゆゆしき問題だ」。


ドリル園児


本当は 2巻まであるはずの作品。e-hon、amazon.co.jp、楽天ブックス、bk1 も、どうぞ。

私の意見としては、マンガに限らず、いろいろな表現分野で、多くのプロの作家が活躍して、それで生活出来る、人によっては巨額の富を得るまでになるという、そういうことが成立する社会というのは、人類の歴史で見ても、ごく最近の特別なことなんだから、また、そうでない時代が来るでしょう。それは、すべてが金、でない社会。今は、同人活動というのはあるけど、でも、私作る人、あなた見る人という区別がはっきりしている。その社会では、表現活動は、ごく一部の人が独占するものではなく、なんつうの、トータルな人間性の復活、みたいな感じで、多くの人が、生活の合間に楽しむのものになっている。もちろん、絵とか音楽とかは、ネットで、フリーで発表され流通している。その社会でも、もちろん、プロというか達人みたいな人はいるから、そういう人が、頼まれて何か作って報酬を得るということはある。でも、その報酬は、あくまでお小遣い程度のものだろう。

現状についてなんだけど、私は、そもそもが、著作権侵害している、やばいデータというものに、最初っから関心がないのだな。なんつうか、作者と受け手の関係の信義を裏切るようなことして、気持ちいいかね? P2Pとか、YouTubeとかも、まったく興味ないのよ。だから、普通に法律は守りましょうとしか言わない。

既成の商業作品は雑誌や本や CDで、ネット上で、わざわざ、それらに接したいとは思わない。非商業的な、パーソナルな個人の発言に、作品に接するのが私は優先してる。だから、ネット上で既成の商業作品を、わざわざお金払って見るというのは、とても抵抗ある。フリーな“COMIC SEED”で、まあ見てもいいか、という感じか。でも、個人のページやブログを見てる方が面白くて、見るのが後回しになるのだよね。でも、まあ、納得が行くスタイルということで、あのビジネスモデルが、うまく行けばいいのだけど、どうなんだろうね。

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お米は、ちょっと、研げばいい

竹熊健太郎の「たけくまメモ」、「退院後の食事」で、自炊の思い出を書いていて、初めて米をとぐのに〈2時間以上も研いでしまったことがあります。〉とある。どこまで誇張があるのか分からぬ文章、2時間はないだろうと思うのだが、『サルまん』の、あの顔を思い起こすと、やりかねん、とも思ったり……(笑)。あいまいな記憶だけで書くと、明石家さんまが、20年くらい前か、テレビのトーク番組に出たとき、新弟子時代に、まず食事の準備をやらされて、30分くらい米をといでたと言ってた。

かくゆう私も、最初に自炊を始めたときは、たぶん、買った電気釜の取扱い説明書に、お米のとぎかたが書いてあったのだろう、何度、水を替えても、水がきれいにならないので、そのまま炊いたが、そのときも、せいぜい数回水を替えただけだったろう。そんな長時間、母親や祖母が台所でお米をといでいたというのは見たことがなかったから。

その電気釜を使って数年経って、炊飯器を買い替えて、ありがたかったのは、内釜がテフロン加工になってたことだ。お米が、そんなに、内釡に、こびりついかないので、洗い物が、気分的にもずっと楽になった。数年前に、2度目の買い替えをしたが、安い機種でも予約炊飯とか、さらに便利になってた。

めんどうなので、炊くときは、なるべく 2回分くらい、炊くようにしている。電気釜で炊いた後の保温は出来るけど、あれは、けっこう電気代喰うみたいなので、ランチジャーみたいなのを買おうかと思っている。

最近は女性でも、料理がうまく出来ない人が増えたからなのか、単身赴任で自炊をするような人が増えたのか、初心者向けの料理の本も、以前より出てるみたいだ。お米のとぎかたも、ちゃんと書いてあったりする。オレンジページの『基本のお料理ブック 改訂版』は、「少々」「適宜」は、どのくらいの量か、みたいなことまで、あれこれ書いてあって、役に立つ。書いてるうちに、本の宣伝になってしまった。e-hon、amazon.co.jp、楽天ブックス、bk1 も、どうぞ。

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