乱歩再読メモ『盲獣』

この乱歩の通俗長編の中でも一つの極北といえる作品、『盲獣』を読んだのは早い時期だった。中一の正月に新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』を読んで、次に春陽文庫を読み始めた。まず『黄金仮面』を読んだ。それから『化人幻戯』、『影男』、『十字路』と読んでいった。『化人幻戯』は「二銭銅貨」「心理試験」「陰獣」と並んで中島河太郎が、家にあった平凡社の『国民百科事典』全 5巻の「探偵小説」の項で日本のベスト50にあげていた長編であり、なおかつその題名が謎めいていることが興味をわかせた。そして戦後という、自分がいる現代とつながっている時代に書かれたものだということで親しみがわいた。そして次には『影男』『十字路』と戦後の長編を読み進んだのであった。そうしたら『十字路』と一緒に一冊になっていたのが『盲獣』だった。これは昭和 6年に書かれたもので、『十字路』とまったく時代が異なる。おそらく一冊にまとめられたのは、単にページ数の都合程度の理由だろうと思う(同文庫では『一寸法師』と『地獄の道化師』も一冊になっているが、こちらも初期の長編と戦前ミステリが発表しづらくなる頃の作品と、時代が離れている)。

大内茂男「華麗なユートピア」では〈全編センシュアリティとグルーサムネスに満ち満ちた作品だ。〉と書かれている。この文章を読んだのは、18歳の頃だったが、まったくその通りだと思った。さらに乱歩の通俗長編を読み進んだ体験を踏まえて、もう少し具体的に言えば、通俗長編で繰り返し描かれる、殺人の犠牲者の女の死体がバラバラにされて石膏の彫像にされたり、ショーウィンドウに飾られたりという趣向、レヴィユーの女王が狙われるというトピックに特化した長編である。このレヴィユーの女王というのが、1972,3年当時の私にはあんまりピンと来なかった。えらいレトロなんだろうけど、イメージそのものがよく湧かないというような代物だ。かろうじて戦前が舞台のテレビドラマで聞いたことがある、程度のものだ。しいて1972,3年当時似たようなものといえば、宝塚か 。しかし、乱歩の小説を読むと、もう少し通俗で、もう少しセクシーなものらしい。SKDというのものあって、こちらはテレビの芸能ニュースとかで見たりしたが、こちらの方が近いか。それはともかくとして、この小説は、触覚で女体の美を愛でる盲目の殺人鬼が、次々と獲物の女体を求めて、殺してはバラバラにして衆人環視のものにさらすというものである。

この長編、私が最初に読んだ春陽文庫版と 20歳頃買った 1978年版講談社全集とでは内容に違いがある。というのは、戦後の桃源社版全集での「自注自解」で乱歩が言うことには、書いてから一度も読み返していなかったが、今回全集のために読み返したら、ひどい変態作品だった、探偵小説がエログロと非難されたのはこういう作品があったからだろう、全集にも入れたくないが、そのようにしていくと半分以上の作品が入れられなくなるから目をつむって収録する、ただし「鎌倉ハム大安売り」の章だけは〈作者自身が吐き気を催すほどなので〉、削除して前後の文章を書き直して、つながるようにするというものだ。実際確認すると、講談社版の全集もそうなっている。この「鎌倉ハム大安売り」がそれほどひどいのかというと、作品全体がまあひどい話なので(笑)、全体の調子に較べると、ここだけがとびぬけてひどいという印象もない。章の名前だけ見ると、死体でハムを作ったように思えるが、さすがに盲獣大先生も、そこまで酔狂ではなかった。ちなみにその後の創元推理文庫版では、この文庫版のシリーズの編集方針から見て当然だが、掲載誌にあたって雑誌掲載時の文章を復元している。

特定の探偵役の出てこない、この小説ではあるが、盲獣大先生が暗躍してレビューの女王を我が物とし、バラバラ死体をさらし、特に猟奇未亡人軍団とやりあう様は、探偵小説的テイストで読める小説ではある。初読のときは、特にこの猟奇を求める未亡人クラブのリーダー格の女性が、どうも最近出入りしているあんまがバラバラ殺人犯らしいと気づき、罠を張るくだりが一番印象に残った。盲獣大先生はもう最初からこの世の他の存在であるが、対するこの猟奇大好き未亡人も鼻持ちならぬというか小ざかしさ全開というか……。もちろん、おそらく乱歩愛読者間では知られていると思われる「いも虫ごろごろ」のくだりも、あっけにとられながら、作者の幼児性が投影された天才殺人鬼の幼児性があっけらかんと描かれる、この場面に納得させられるのであった。今回再読して印象に残ったのは、レヴィユーの女王が連れ込まれる、盲獣のアジトの、触覚芸術の快美を得ることのみを意図して作られた、その部屋のありさまだ。当時の前衛芸術などからインスパイアされてるのかも知れないが、この描写は、そのままサイケデリックの世界とかそういう現代的なアート世界に通じると思う。

時代劇映画の世界では戦後、盲目の居合斬りの達人、座頭市というヒーローが誕生したが、さまざまな殺人鬼が跳梁する乱歩の通俗長編世界の中で、この小説の主人公は、まるで触覚で空気をも察知して自由に動けるのかと言わんばかりに、いくらなんでもという域を超えての跳梁跋扈やりたい放題、怪人を超えて悪の超人の域に達しているので、あまりな所業の数々も、超人が普通に活動している物語の非現実的、超現実的なお話として読めるというところがある。最後の方で旅に出た盲獣の「鎌倉ハム大安売り」、そして漁村でのエピソードのあたりなど、私は鈴木清順タッチで映画化すれば似合うような気がする。ちなみに、年代順に収録した講談社の 1978年版全集 6巻は、この「ひどい変態作品」と幻想的名作短編「押絵と旅する男」、本格謎解き短編「何者」、怪人対明智小五郎の通俗長編『黄金仮面』が一冊になっているという、乱歩を表現するに特徴的な一冊となっている。

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乱歩再読メモ「陰獣」

初の長編『湖畔亭事件』、『闇に蠢く』に続き、“朝日新聞”の全国読者に向けて長編『一寸法師』の連載を終えた乱歩は自作への嫌悪から筆を折り、放浪の旅に出た。『一寸法師』執筆時期には同代表作の一つである『パノラマ島奇談』が書かれていたが、その旅を終え、休筆開始から 1年半余り後に書かれたのがもう一つの代表作「陰獣」だった。最初、雑誌“改造”に書いたものだったが長くなったので、融通の利く“新青年”に回したのだという。当時の“新青年”編集長は横溝正史だった。講談社 1978年版全集、中島河太郎は〈乱歩の長編代表作「パノラマ島奇談」と、中編代表作「陰獣」を収めた本巻は〉と書いている。「パノラマ島奇談」と「陰獣」と長さはそう変わらないようなのだが、ここでは一方は長編、一方は中編とされている。乱歩の長編を評した大内茂男「華麗なユートピア」でも「パノラマ島奇談」は長編として取り上げられているのだが、今回あらためて創元推理文庫版「日本探偵小説全集 2 江戸川乱歩集」で見てみたら、「パノラマ島奇談」は 126ページ、「陰獣」は 120ページとわずかな差なのだ。

私は中二の春、春陽文庫の当時、乱歩短編全集というくくりの短編集の一冊で読んだ。「陰獣」も「パノラマ島奇談」も、この「乱歩短編全集」の中に収められていた。平凡社から「国民百科事典」という全 5巻の百科事典が出ていて、家にあった。その「探偵小説」という項目は中島河太郎が執筆していて、国外50、国内50のベスト作品の表があり、その中に乱歩作品は「二銭銅貨」「心理試験」そして「陰獣」『化人幻戯』が選ばれていたので、名作であると期待して読んだのである。確かに推理小説として良く出来ており、それだけでない不気味で、なおかつセンシュアルな読後感を残すものであった。

この「陰獣」は雑誌発表時から、たいそう評判になったという。乱歩の晩年の全集に添えた「自注自解」が上記「日本探偵小説全集」に収録されているが、その「自注自解」では〈当時の編集長横溝正史君が非常に宣伝してくれたので、雑誌の再版、三版を刷るという売れ行きを見たのである。〉しかし乱歩自身、戦後の全集にそえ当時は評判になったが今読んでみると大したものではないが、〉と手厳しい。はたして「陰獣」は、大したものなのだろうか、大したものではないのだろうか。

まず、中編という長さなのだが、アイディアとしては、一人二役のヴァリエーションを核とした、あくまで短編のアイディアとして書かれた小説ということになるのだろう。そして乱歩が先の文章に続けて書いている〈この小説には楽屋落ちみたいなものがあり、そこに奇妙な魅力があるのではないかと思う。〉、これはどういうことかというと、作中ヒロインをつけ狙う猟奇的作風の探偵小説家がいて、その作家が乱歩の初期短編をもじった題名の短編を書いているということになっているのである。いわば作品中に「悪の乱歩」(笑)が登場するという趣向が珍しい。小説を書いただけではなく、実際に「屋根裏の散歩者」みたいにヒロインの屋敷の屋根裏に上ってヒロイン夫婦の動向を観察しているのではという疑惑にヒロインがおびえる。その他作品中のいろいろな事象が、乱歩の作品に関連する。そして、この趣向は単なる、それまでの乱歩作品読者を狙った「楽屋落ち」という遊びではなく、作中人物によるトリックでなく、作者の仕掛けるトリックとなっている。

真相を究明するのは、ヒロインを助けることとなった、健全な作風の探偵小説家であるが、真相に届く前に、一度誤った結論に達し、この結論を検事の元へと手紙で送っている。この誤った結論が、ちゃんともっともらしい結論になっていてほとんどそれで納得できるように作られているのが、本格推理物として、きちんとしている。そしてその誤った結論が、ちょっとした部分からひっくり返って、本当の真実の姿が浮かぶ様のスリルがある。

ヒロインを助ける健全な作風の探偵小説家である語り手が、未亡人となったヒロインと男女の関係になって、情事を行う秘密の家の中で、ヒロインを相手に真相が語られる、しかも実はマゾヒストであったヒロインを鞭打ちながら真相を語るというシチュエーションは相当に珍しく、強烈な印象を残す。もちろん、そこに至る必然性はある。そして、これがポルノ小説流行となった 1970年代以降に書かれた作品ならともかく、戦前の作品なので、決してサーヴィスでそういう描写を入れたのではなく、他にそんなに露骨な描写はない。なにしろ秘密の家を借りたヒロインと語り手が、そこで行ったことといえば、延々と追いかけっこをやったり、二人で、ずっとしくしく泣いていたりすることなので笑ってしまうかも知れないが、露骨な性描写でなく、こういうへんてこな描写がまた、かえってしっくりくるように思うのである。

昭和9年に書かれた「「陰獣」吟味」という、井上良夫の文章は「陰獣」を傑作としているが、井上良夫自身は、いわゆる乱歩趣味は好きではなく、乱歩の文章の言い回しも好きではないと書いている。しかし、たしかに、きちんと構築された謎文学であるが、その謎世界は乱歩的世界の中でこそ、輝いて見えるという、そういう作品が、この「「陰獣」ではないかと私は思う。〈それを考えると、青空が夕立雲で一ぱいになって、耳の底でドロンドロンと太鼓の音みたいなものが鳴り出す、そんなふうに眼の前が暗くなり、この世が変なものに思われてくるのだ。〉という語り手の文章、語り手がいよいよ真相を語る章の、梅雨に入る前の季節気候の描写など、こういうおなじみの乱歩調無しでは、かなりこの作品の魅力は減じるだろう。

最初に読んだとき、印象的なスリリングな場面というと、本当に殺人が起こり、ヒロインの夫の死体が、当時はこういうものがあったらしいが、船着場の、川に垂れ流す便所に流れ着くところだ。川は隅田川であり、印象的な作品舞台である。今回再読して面白かったのは、主人公と親しい雑誌編集者が、行方不明の猟奇的作風の探偵小説家が浅草でサンドイッチマンをしているのに出くわしたり、次には見世物小屋で働いているのを発見する場面である。

最後の語り手に残った疑惑を語る一章は、最後が曖昧だ、疑惑を残したという声もあり、一度乱歩も削除したことがあったという。中島河太郎は〈一応真相が語られているのだし、一人称で書かれた場合、そういう余韻を残したところで少しも差支えないはずといえよう。〉とする。確かに最後に一章を割いているのは余韻としては長すぎるかも知れず、私は最初読んだときは、本格推理小説としてよく出来ている、語り手による真相解決を受け入れながらも、この余韻の悪夢っぽさが読後に印象を残した。そして再読した今の感想としては、猟奇小説家が屋根裏に潜む光景も、やり手実業家の夫がハゲにかつらをかぶってさらに妻をいたぶるために下着姿で窓の外に立ち、やがて足を踏み外す光景も、作中で、それぞれに悪夢っぽい現実感を持っている。そして真犯人の姿……理路整然とした推理の解決の外に、こういった悪夢を抱えた小説が、この「陰獣」なのだ。怪奇幻想、当時変格探偵小説と呼ばれた作品ではなく、きちんとした本格推理小説世界に、精神と生理のかもし出す生々しいスリルを浮き上がらせたところが、この作品の魅力だ。

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乱歩再読メモ 短編群、大正15年

大正15年にも、まだ引き続きいくつもの短編が書かれている。初期の短編時代の後半である。「踊る一寸法師」「毒草」「覆面の舞踏者」「灰神楽」「火星の運河」「モノグラム」「お勢登場」「人でなしの恋」「鏡地獄」「木馬は廻る」がそれであり、初めての長編連載「湖畔亭事件」「闇に蠢く」と平行しての創作活動である。

私が初めて読んだ乱歩の本は、この時期の名作「鏡地獄」も収録されている新潮文庫の『江戸川乱歩傑作選』なのだが、今回再読していて思い出したが、正確にはその前に「灰神楽」を読んでいたのである、といってもおそらく乱歩の文章そのままではなく、リライトされたものだったと思う。今確認することは出来ない。私は学研の科学と学習をずっと買ってもらっていたのだが、学習の方は秋に一冊、読書の秋ということで読み物増刊号というのが出ていた。その小学5年か6年のときの号に「灰神楽」が収録されていたのだ。「灰神楽」という単語そのものが当時の私にはよく分らないようなものなのだが、先に漫画の『巨人の星』で、花形が阪神の村山監督に大リーグボール2号の秘密を解き明かすのに、火鉢に灰神楽が立つのを利用する場面があって、それを先に見ていた。見ていても、灰神楽という現象が良く分からなかった。犯人の側から犯行が見つかるまでを描く倒叙物の短編「灰神楽」は、ひねりが一つあるだけの地味な短編であるが、再読すると、他の諸作と並んで犯罪を犯した後の犯人の焦慮するニューロイックな心理の描写が素晴らしい。ポーの短編にすでに描かれている心理であるが、乱歩はそれを描くについて、自らの生理的なものとして体得しているという感がある。

「鏡地獄」以外は、その後に春陽文庫でランダムに読んだ。どれも代表作として一番に持ってくるというものではないが、捨てがたい作品が多い。一つ一つが、こんな作品もあるのか、こんな話もあるのかという発見の出会いだった。春陽文庫には解説もないので、まったく余計な情報のない、作品そのものとの出会いがあったことを感謝したい。その中には「踊る一寸法師」「火星の運河」といった強烈な乱歩的美の世界もあれば、「毒草」「木馬は廻る」といった、こんな作品もあるのかという文学的感興をもたらす短編もあった。作家になる前に、いろいろな職業を転々としたという乱歩、「夢遊病者の死」などにも伺えるが、この二作でも当時の、貧しくうらぶれた環境にある人々の描写が抜群にうまい。「毒草」は秋の郊外ののどかな描写とスリルとの対比が良く、「木馬は廻る」は物悲しさのままに突然の祭りが高揚してゆく状況にカタルシスを感じる。「毒草」は中島河太郎が全集の解題で、きちんと評価しているし、「木馬は廻る」は最近出た岩波文庫版の乱歩短編選に収録されている。


「人でなしの恋」は本格的な怪談調の展開で読んでて怖かった。木田順一郎が M.R.ジェームズの「ポインター氏の日録」という西洋怪奇短編と構成を比較した文章がある。乱歩の作品で女性一人称というのは、ありそうなようでないのであった。今回まとめて読んでみると、時期を同じくする「鏡地獄」と似たような構成と言えるのではないか。一つ気になったのは、語り手の女性が、夫が土蔵から出て、その後、誰も出てこないのを確認して、それから夫より早く寝所に戻れるのだろうかということ。まあ、狭い家ではなく、夫もせかせかと帰りを急がなければ大丈夫なのだろう。人形の恐怖は乱歩が随筆にも書いており、掲載誌が一般雑誌“サンデー毎日”である、この作品はワンアイデアで気軽に書いて、思いの他にうまくいった作品かも知れない。

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2014年 1月 〜 6月に感想を書いたもののリスト

ここに書いているもの。

マンガ単行本
赤石路代 『暁のARIA』3
原作・平井和正/作画・桑田次郎 電子書籍版『8マン』1-7

CD
菊池俊輔 『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎ミュージックファイル』
ケイト・ブッシュ KATE BUSH 『ドリーミング』 “THE DREAMING”
遠藤賢司 『ちゃんとやれ!えんけん!』
ヒデとロザンナ 『ヒデとロザンナ ゴールデンベスト』

活字本
夏目漱石 『道草』
小林信彦 『映画×東京とっておき雑学ノート 本音を申せば(4)』
松本清張 『或る「小倉日記」伝』

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ゴッドイーター2 シエル・アランソン on キャラアニ.com

ゴッドイーター2 シエル・アランソン 【2014年12月出荷予定分】
発売元 グッドスマイルカンパニー
予約期間 〜 2014年7月1日

ゴッドイーター2 シエル・アランソン 【2014年12月出荷予定分】
(C) BANDAI NAMCO Games Inc.

あらまあカッコイイ。アクションゲーム『ゴッドイーター2』から〈捕喰形態(プレデターフォーム)の神機をかまえた〉ところだそうで。

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乱歩再読メモ『湖畔亭事件』、『闇に蠢く』

『湖畔亭事件』、『闇に蠢く』は、どちらも大正15年の 1月から雑誌連載がスタートした乱歩の処女長編だ。地味な探偵物である『湖畔亭事件』に対し、どぎつい恐怖とグロ全開の『闇に蠢く』という対照的な二作品は、『蜘蛛男』以降で娯楽長編のスタイルを完成させる以前の乱歩の長編模索、試行錯誤時期の作品ゆえのユニークさがある。

地味な探偵物である『湖畔亭事件』(1972年NHKドラマ『明智探偵事務所』では最初の方の回で取り上げられていた)は、内容的には長めの短編で済ませられるような内容だと思うが、事件に巻き込まれた語り手の淡々としているが誠実な語りが、倦まずに読み続けさせる。冒頭、長めの自己紹介で語り手のレンズ、鏡嗜好、それにつながる窃視症の性癖が告白されて興味を引く。レンズ、鏡愛好については同時期の随筆で語られている乱歩の趣味そのままである。少し後の短編名作「鏡地獄」などでも取り上げられるレンズ、鏡愛好であるが、この作品ではその嗜好そのものがテーマになるのでなく、鏡を利用した自作窃視ツールで犯行を目撃する、しかし警察には告げることが出来ないというシチュエーションがストーリーに変化を与えている。淡々としているが誠実な語りで、夜間、語り手が河野と一緒に窃視の道具を片づけていて、屋根の上から庭の怪しい人影を発見する場面、森の中の怪しい光を発見して様子をうかがう場面など怪人は出てこない等身大のスリルが上手く描かれている。語り手が殺されたと思われる芸者の同僚を座敷に呼んで話を聞いた結果、誰もが怪しく思われてしまって途方にくれる描写など面白い。要は乱歩は基本的に物語を語るのがうまいのだ。

『闇に蠢く』は、冒頭の「はしがき」で語り手が、旅の船の中で偶然置き忘れられた原稿を見つけて……という導入部が、いかにもこれからおどろおどろしい物語が始まるという期待を感じさせて上手いが、その後は前半ただ高原のホテルの蒸し風呂で恋人が全裸で体をマッサージされているのを覗き見るというくだりのみが面白いという、あまり動きのないストーリーだ。場面が東京に移って少し変化がもたらされ、どうなると思っていたら、後はもういっきょに、文字通り「闇に蠢く」こってりと恐ろしい話になる。ラストの部分は連載時には未完で、2年後の大衆文学全集収録の際、原稿30枚あまりが書き足されたという。ポー唯一の長編、大西洋に航海に出た「ゴオドン・ピムの物語」12章で、難破していよいよ食べ物がなくなり、主人公の少年がくじを作らされるくだりがあるが、当然参照すべき題材として乱歩の脳裏にあったのだろうなあ。同じように難破した経験を持つ男と主人公たち二人が闇の中で再び飢えに苦しむ状況が訪れ……きっかけは飢餓にしろ、この作品においては前半の女体美(女性の体というより、部分部分が強調された何かに変容している)賞味につながるようなセンシュアルな嗜好として描かれているように、うかがえて、そこらへんが興味深い。乱歩の様々な作品の中でもこの題材が取り上げられているのは、この作品だけなのだ(よね?) ラストシーンは、凄惨すぎて笑ってしまうような光景だが、きちんとけりをつけたラストと言えるだろう。

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アイドルマスター2 ブリリアントステージ 双海亜美 プリンセスメロディ♪Ver.on キャラアニ.com

アイドルマスター2 ブリリアントステージ 双海亜美 プリンセスメロディ♪Ver. 【2014年5月出荷予定分】
発売元 メガハウス
予約期間 〜 2014年1月26日

アイドルマスター2 ブリリアントステージ 双海亜美 プリンセスメロディ♪Ver. 【2014年5月出荷予定分】
(C) 窪岡俊之
(C) NBGI

〈付属パーツを差し替えることで4通りのポージングを楽しむことが出来ます。〉だそうで……。映える。

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2013年 7月 〜 12月に感想を書いたもののリスト

ここに書いてるのね。

マンガ単行本
赤石路代 『暁のARIA』2
望月三起也 『ワイルド7R(リターンズ)』 望月三起也

成年マンガ単行本
KEN 『女の子の秘密』
伊駒一平 『奇跡のザー汁』

CD
SCANDAL 『アンコール ショー』“ENCORE SHOW”
ビートルズ BEATLES 『マジカル・ミステリー・ツアー』 “MAGICAL MYSTERY TOUR”

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乱歩再読メモ『一寸法師』

乱歩が『蜘蛛男』以降の通俗長編で大衆読者に人気を得る以前に、“朝日新聞” (当時の“東京朝日新聞”及び、“大阪朝日新聞” ) という大メジャーな活字媒体に初めて連載した長編で、この作品の前の長編には『湖畔亭事件』及び『闇に蠢く』がある。私は 1973年の春先、13歳のとき、春陽堂の文庫で乱歩長編を読み始めて数冊目、『地獄の道化師』と一冊にまとまっているのを読んだ。『地獄の道化師』は戦前の長編としては最後の方なので、『一寸法師』と一冊にまとまっていることに、それほど意味はないと思う。地味な『一寸法師』を読んだ後で、探偵小説のトリックとして新たな試みのある『地獄の道化師』が予想外に面白かった。ちなみに短編「踊る一寸法師」は存在は知っていたが、読んだのは、この長編の後のはずだ。

よく文庫本とかの巻末に、この作品には現代の観点から見ると、不穏当な表現がしてあるという意味の断り書きが載るようになって久しいが、この『一寸法師』は確かにそれが該当するような作品である。題名からして「一寸法師」というのは童話の指に足りないファンタジックな小人のことではなく、リアルな一寸法師が、ある金持ち一家の殺人事件に絡んで暗躍する。見かけはハンディがあるが、実はいい人、なんかでなく、自らのハンディのために世を憎んで、この一家にかかわる以外にも、後半で出てくるが、浅草を根城に子分たちを使って、世の中を騒乱する悪事を働いているのである。そういう不穏当な設定ながら、3度も、それぞれ一寸法師役の人を使って映画化されているのである。そういう世の中だったのである。

一寸法師の大悪人は登場すれども、後の通俗長編に較べ、地味で、一方で、新聞連載という制限の中で、乱歩は謎解きのきちんとある探偵小説をせいいっぱい描いている。展開が遅く、一つ一つの章が長いのも読みにくい理由の一つだろう。物語は当時の東京随一の娯楽街、浅草で遊んだ夜、片腕を運ぶ不気味な一寸法師を目撃した青年、小林紋三を中心に描かれる。彼の知り合いの美しい夫人の家庭に事件が起こり、小林の知り合いである明智探偵が出馬する。明智は当時、「心理試験」で描かれているように、書生時代のイメージを一新、上海帰りの名探偵となっている(『蜘蛛男』ではさらなる海外帰りで変身)。大震災前の?安来節のショーが人気の見世物であった浅草というのも、なかなかイメージしにくいものがあるが、浅草は乱歩が随筆でも書いている思い出深い街だ。

今回読んで感じたのは、この一夜が明けた遅い朝、小林があれは何だったんだというように昼の光の中で思うところが、なぜかしら漱石のミステリー的なところのある『彼岸過ぎまで』(かなり以前に読んで内容も忘れているけど)をぼんやりと連想させた。それから、事件が進展して、何者かに呼び出された夫人の後を小間使いの雪が追い、同時に夫人のことが気になってたまらない小林も尾行しているというところが面白かった。後は、面白くてどんどん読み進むというようなものではないが、探偵小説としては、最後に明智がみんなを集めて真相を語るところまで無難にまとめてある。

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乱歩再読メモ『魔術師』

1978年版講談社全集で『蜘蛛男』と一緒に一冊にまとまっているのが、講談社の雑誌連載で人気を博した『蜘蛛男』の次に書かれた長編『魔術師』だ(同巻には短編名作「芋虫」も収録)。私が 20歳、21歳の頃、未読の作品を講談社全集で読んでいった折の『魔術師』の感想をノートに書き留めていたものが次の文〈一応普通の推理長編仕立てで(あまり犯人中心に描いていない、ある一家を中心に事件が起こる)、見えぬ魔手が次々と迫るスリル、密室殺人の謎……と無残な犯人の手口など前作より、まとまっていて面白かった。中でも犯人の魔術師が死んでもまだ事件が起こるというこの意外な犯人の設定は、少々荒っぽいが、意表を突く。〉

面白いと思ったものの、このたび再読するまで、内容も面白かったということも忘れてましたね。次の『吸血鬼』は、一番面白かったということは覚えてましたが、こちらは忘れてた。今回再読した感想も基本的には、初めて読んだときと同じ。やっぱり、一方で犯人対明智のアクション、サスペンス映画的対決が繰り返しあって、こちらも十分面白いのだが、平行して殺人事件の謎というのがしっかりある。次の『吸血鬼』もそう。その殺人事件というのは、当時世界の探偵小説の流れは、クリスティー、ヴァン・ダイン、そしてクイーンが登場する長編黄金時代で、その長編推理物の面白みというのを、通俗長編の中に最大限表現してみたという印象だ。いくらなんでもそれは無理だろうというトリック、真相も成立する世界だ。そして後は猟奇趣味だが、首を斬られて殺害された一家の人物の一人の、その首が見当たらない。やがて……。ショッキングな場面だが、忘れてんだよね、私は。あんまりこういうの、どうでもいいんだろうな。それから通俗長編だけあって、ご都合主義的に登場人物が出てきて殺される。奇術の舞台で衆人環視でバラバラ殺人という、これぞ乱歩というシチュエーションですが、短編では文学的な美として描かれる題材も、この長編は世界全体が見世物小屋として、その出し物として描かれる。そして確かに、この時期の乱歩は見世物小屋の興行主としても、大いに成功していた。

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